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イベント

2022.06.06イベント

2022年6月27日 ~ 2022年8月 7日

松雲室100年遠諱記念 見性宗般 ―圓福寺・見性寺所蔵遺墨―


事前予約制 
予約方法についてはこちら

●会期
2022年6月27日(月)~202287日(日)

●休館日
日曜日(7月10日、8月7日は開館)、祝日
※但し、大学行事により臨時休館する場合があります。

●開館時間
10:00~16:00(土曜日は14:00まで)

●会場
花園大学歴史博物館(無聖館4階)

●入館料
無料

●主催
花園大学歴史博物館

●協力
圓福寺(京都府八幡市)、見性寺(熊本県熊本市)

●概要
明治という激動の時代、禅の法灯を繋ぐことに尽力した禅匠のひとりに見性宗般(けんしょうそうはん、道号:宗般、法諱:玄芳、室号:松雲室、1848~1922)がいます。
見性宗般は、嘉永元年(1848)、加賀(石川県)小松に生まれ、同国の高巌寺(金沢市)の天恭周弁のもとで剃髪した後、南禅寺(京都市)にて蓬洲禅苗と巨梁梵慧に参じました。さらに圓福寺(京都府八幡市)の伽山全楞や東京・道林寺の鄧州全忠(南天棒)に歴参し、両師の印可を受けました。はじめ見性寺(熊本市)に住しますが、明治32年(1899)、圓福僧堂の師家に招請され、さらに同41年(1908)には大徳寺派管長(第5代)に就任します。その法は神月徹宗や山本玄峰等によって嗣がれました。また有栖川宮威仁親王の帰依を受け、深い交流があったことが知られています。
師は衣服などの風采にこだわらない性格であったと語り継がれています。「今一休」として慕われてきた所以は、このような逸話からもうかがうことができます。一方で、諸学・諸芸に通じ、とりわけ和歌を能くしたことから「今西行」とも称されています。師の語録・和歌集『毒華集』におさめられた偈頌や和歌からは、教化に東奔西走した様子と、全国の景勝地を巡った師の足跡を垣間見ることができます。
本展では、見性宗般100年遠諱を記念し、由緒寺院である圓福寺と見性寺に蔵される師の遺墨を紹介します。見性宗般遺墨のみで構成された本格的な展覧会は本展が初の試みとなります。師の遺墨の魅力は豪放な筆致にあり、一行書や旅先での漢詩のほか、自ら描いた絵画作品、さらに交友があった絵師の作品に賛文をしたためた作例も充実しています。これらの遺墨を通じて、師の足跡を振り返るとともに、その教えと禅風に触れていただけましたら幸いに存じます。

●主な出品作品

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見性宗般像
自賛 内田鉄針筆
明治44年(1911)
圓福寺

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墨蹟 印可状
(付与:通應宗徹、見性寺歴代印状のうち)
見性宗般筆
明治35年(1902)
見性寺

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墨蹟 「夢」
見性宗般筆
明治~大正(20世紀)
圓福寺

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墨蹟 南清台湾巡錫留別
見性宗般筆
明治33年(1900)
圓福寺

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墨蹟 遺偈
見性宗般筆
大正11年(1922)
圓福寺

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面壁達磨図
見性宗般自画賛
明治~大正(20世紀)
圓福寺

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堪忍袋図
見性宗般自画賛
明治~大正(20世紀)
圓福寺

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東椎屋瀑布図
見性宗般自画賛
明治44年(1911)
圓福寺

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社頭杉図
見性宗般自画賛
大正3年(1914)
見性寺

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鉄鉢図
見性宗般自画賛
大正7年(1918)
圓福寺

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如意輪観音図
見性宗般賛 田中百嶺筆
明治~大正(20世紀)
圓福寺

など圓福寺・見性寺所蔵資料・47

●ポスター・チラシ
ポスターはこちら
チラシはこちら

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