人権教育研究センター

被害者にも加害者にもならないために
    ~「ジェンダーの視点」から性暴力について考える

井上摩耶子(ウィメンズカウンセリング京都)

 みなさん、こんにちは。ご紹介いただきましたウィメンズカウンセリング京都の井上摩耶子と申します。今日はご入学おめでとうございます。資料に「被害者にも加害者にもならないために」とマンガ冊子『大切なあなたへ』があります。日本では、小中高でほとんど性教育をしないのですが、アメリカ人の友だちは、それを聞いてびっくりします。アメリカでは、幼稚園くらいから被害者にも加害者にもならないように性教育をしています。日本のこの現状にアメリカ人や性暴力被害者支援の先進国の人たちは驚きます。今日は、みなさんがこれから楽しい学園生活を送られるように、「人権問題としての性暴力」についてお話しようと思います。

内閣府「男女間における暴力に関する調査」(2014年)
内閣府男女共同参画局が、「男女間における暴力に関する調査」(2014年)を実施しました。女性1811名が対象です。「異性から無理やりに性交された経験」。むりやりに性交を強要されるというのは、「強姦」としての性暴力のことです。「1回」経験した人が3.7%、67人ですね。「2回以上」が2.8%、50人いる。
次に、むりやり性交をした被害者と加害者との関係を聞いています。「配偶者・元配偶者」間での強姦―-結婚している夫婦間では19.7%。「親・兄弟、親戚」8.5%―-びっくりされるかもしれませんが、父親から娘、お兄さんから妹、親戚のおじさんから姪などへの性暴力のことです。「交際相手、元交際相手」―-これがデートDVといわれる関係ですが28.2%。「職場・アルバイトの関係者」―-職場の上司やバイト先での支店長からなどの強姦が13.7%。「知人(学校・大学の関係者:教職員、先輩、同級生、クラブ活動の指導者)などからが4.3%。「全く知らない人」11.1%。「その他」13.7%。みなさんの「強姦」イメージは、「夜中に一人で歩いていて見知らぬ男に襲われる」というものかもしれませんが、実際には、知っている人、顔見知りの人からの強姦が多い。今日は、「顔見知りの人」からの性暴力ということに、注目して聴いていただきたいと思います。
被害にあった時期についてです。「20歳代」49.6%、「中学卒業~19歳まで」23.1%、「30歳代」9.4%、「小学生以下」11.1%、「中学生のとき」2.6%。ここで注目したいのは、20歳代が50%、そしてもっと驚くのは中学から19歳までに23.1%もの人が被害にあっているということです。
「被害による生活上の変化があった」59.8%、「特にない」36.8%です。生活上の変化とは、「心身に不調をきたした」ということで、精神科に通わなければならないような状態になった人が60%近い。また、「自分が価値のない存在になったと思った」「異性と会うのが怖くなった」「夜、眠れなくなった」「外出するのが怖くなった」という状態になったということです。
この強姦被害を誰かに相談をしたかどうかを聞いています。「どこ(だれ)にも相談しなかった人」67.5%で、全部自分の中に閉じ込めてしまっている。「友人・知人に相談した人が22.2%。「家族や親戚に相談した人」は5.1%で、被害にあった女性に聞くと家族に一番言いたくない。とくに、お母さんはすごく心配して自分以上にどうかなっちゃうのではないかと思い、とても話せない。「警察に連絡、相談した人」がたった4.3%。「弁護士、カウンセラー、医療関係者、学校関係者などの専門相談窓口に相談した人」は0です。私もカウンセラーなので何とかしなくちゃと思いますし、花園大学にもセクハラ相談窓口があるけれども、なかなかそこに行けないという人が多いということですね。被害にあっても誰にも相談できない「孤立無縁状態」―-たった一人で誰にも助けを求めない状態がいちばん危険な状態ですね。心身の不調から回復することができないからです。
被害について相談しなかった理由は何か。「恥ずかしくて誰にもいえなかったから」38.0%。「自分さえ我慢すれば何とかなると思ったから」30.4%。「そのことについて思い出したくなかったから」2.8%。「自分にも悪いところがあると思ったから」7.8%。「相談しても無駄だと思ったから」20.3%―-こう言われるとカウンセラーとしては心が痛みますが…。「相談するほどのことではないと思ったから」16.5%。「相手の行為は愛情の表現だと思ったから」12.5%―-こう思っている人はデートDVのカップルの中には多いですね。暴力も愛情表現のひとつだ、好きだから殴るんだなどという男性もいる。「他人に知られると今まで通りのつきあいができなくなると思ったから」8.9%―-被害を受けた人に「そんな被害にあったのに、なんで逃げへんかったん?」とか「知っている人からやろ?」とか言われると被害者は引いてしまう。相談してもわかってもらえなかったり差別的な目でみられるのではないかと思い、話せなくなる。「相手の仕返しが怖かったから―-もっとひどい暴力や性的な画像のばらまきなどが怖い」7.6%。「加害者に誰にもいうなとおどされたから」6.3%。「世間体が悪いと思ったから」6.3%。「どこ(だれ)に相談してよいのかわからなかったから」5.1%。「相談相手の言動によって不快な思いをさせられると思った」2.5%。

「京都性暴力被害者ワンストップ相談支援センター」(京都SARA)
ここで「京都SARA」のマンガを見ていただきましょう。「京都性暴力被害者ワンストップ相談支援センター」(京都SARA)が去年8月にできました。京都府からの委託を受けてウィメンズカウセンリング京都が運営しています。まず、相談者から性暴力被害のお話を電話で聴いて、「京都SARA」がどのような対応ができるのかをご一緒に考えます。来所が可能な場合には「来所相談」をします。性暴力被害の相談を、相談相手の顔が見えない電話相談で聴くことはなかなかに難しいからです。
京都SARAがどういうことをしているかをご紹介します。電話番号、支援の内容は、この通りです。まず電話を受ける。必要な場合は来所相談をする。相談者から話を聴いてどのような支援が適切なのかを考える。事件からこの方がちゃんと回復されるためにはどういうことが必要なのかをコーディネートします。事件後、病院に行って妊娠や性病やエイズのチェックをする。加害者を訴えるということなら、警察にいった方がいい。裁判をするなら弁護士相談が必要になる。昔の事件で30年以上前にお父さんから性虐待を受けたが、誰にもいえなかったというケースなら、そのことを話すカウンセリング支援が必要となります。
しかし、病院とか警察に被害者がひとりでいくのは大変なことなのです。そこで、SARAでは「同行支援」をします。「あなたがしゃべりにくかったら、私から説明することもできますよ」と励ましています。また、京都府の新しい試みですが、医療機関での治療費や検査料金を京都府が負担してくれます。カウンセリングも、無料で受けることができます。ウィメンズカウンセリング京都のカウンセリング料金は一回5400円ですが、10回無料で受けることができます。日本では、医療機関の治療・検査は、警察に申し立てた人だけが無料になるのですが、京都では、警察に行かなくても無料になる。他府県にはまだないサービスです。カウンセリングについてもそうです。私は現在、SARA経由の5人の方とカウンセリングしています。この京都の支援は、いいですね。
次は、関係機関のネットワークについてです。京都SARAが真ん中にあり、各種の支援団体、警察、法律・裁判支援をする弁護士会や法テラス。行政の家庭支援総合センターはDV被害者の支援センターです。産婦人科医などの協力病院。カウンセリングセンターなどのネットワークがあります。どこにいったらいいかわからない時は、まずSARAに相談に来てきてほしいと思います。
1ページ目をみてください。みさきちゃんが出版社でバイトをしています。マンガの編集者になろうという大学2年生です。バイト先で飲み会があった。「バイバイ」した後で、出版社の人から「みさきちゃん、俺と同じ方向やろ? タクシーに乗ろうよ」と誘われいっしょに乗った。そして、「家によってくれてもいい?目を通してほしい資料があるから」と言われ、家についていき、そこで事件が起こった。その後、ワンストップセンターにつながり、そこからの彼女の回復を描いたマンガです。
去年の8月、ワンストップセンターが始まりました。ワンストップというのは、そこに行けば、あっちこっちに行かなくても、すべての支援について相談できるという意味です。さっき見ていただいたようにワンストップセンターには、さまざまな支援機関の連携がありますから。8月からいろんな相談がありました。男女の大学生同士で朝までいっしょに飲んでいた。女性が泥酔状態になって男性の家につれていかれて性暴力を受けたが、覚えていない。しばらくしたら妊娠していたことがわかったというケース。中学生同士でセックスして妊娠してしまった。2人とも、避妊することがわかっていなかった。性行為をする年齢が低くなってきていますが、ちゃんとした性教育や性暴力についての教育が小中高大学でほとんどなされていないという現実があります。女子大学生が、デリヘルとか風俗で「本番はしなくていい」というのでアルバイトをしようと面接に行った。そこで、面接した男性に「ちょっと教えることがあるから」といってホテルに連れていかれ強姦されてしまったケース。このように、本当に身近でいろんな性暴力事件が起こっています。

ジェンダーの視点から考えると、性暴力は「ジェンダーの暴力」である
性暴力は「ジェンダーの暴力」といわれます。「生物学的な性別」をセックスといいます。生まれつきの性別を指し、女性は赤ちゃんを産むが、男性は違うという「生まれつきの性別」のことです。でも、現在は、LBGT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)の方がいらっしゃる。身体は男だが心は女という方や、中には手術して性を変える方もいらっしゃるので生物学的性別として「男性と女性しかいない」とも言えないのですが…。それに対してジェンダーは「社会的性別」といわれます。内閣府男女共同参画局はジェンダーを「社会的性別」と訳しました。社会的につくられた性別、「男らしさ」「女らしさ」です。長い間、私たちは「男は外で仕事、女は内で家事、育児、介護」という性別役割分業にしたがって生きてきた。その結果、男性は仕事に必要な性格――理論的、客観的といった性格特性を伸ばしてきた。これに対して、子どもを産んで子育てをする女性は、理論的であるより感情的、情緒的な性格特性を伸ばしてきた。こうして、男性は積極的で女性は消極的とか、男は論理的で女性は感情的とか言われてきましたが、これは性別役割に沿った生き方をした結果、社会的につくられた性格であって、生まれつきの性別ではない。そういう意味で、「男らしさ」「女らしさ」は、社会的につくられた性別―「ジェンダー」とされています。
1999年、男女共同参画基本法ができました。「ジェンダー平等(gender equality)社会をつくろう」「男女平等をめざして生きていきましょう」「男も女も外で仕事、男も女も家事、育児、介護という家庭責任を担いましょう」というのが、男女共同参画基本法ですね。2000年には「ストーカー規制法」ができました。つき合っていたカップルが別れた後、男性がストーキングをして女性を殺してしまった事件も起こりました。2001年には、家庭内暴力を規制する「DV防止法」ができました。ドメスティックバイオレンス(家庭内暴力)―-夫から妻への暴力です。このDV家庭で育った子どもたちも傷ついています。お父さんから直接子どもへの暴力もあります。これらの法律は1960年代後半から70年代の欧米の女たちのフェミニズム運動、男女平等をめざす運動の中でつくられてきたものです。そして、性暴力問題が明らかになって性暴力被害者支援が始まった。日本は2001年ですから30、40年遅れでやっと「DV防止法」ができた。アメリカでは60年代後半から70年代にできていた。性暴力とは、男性中心社会の中で抑圧・支配されている女性への暴力である。それが、「ジェンダーの暴力」という意味です。圧倒的に被害者が女性であり、加害者が男性という現実があります。
性暴力はどういう暴力なのか。一つは「身体の尊厳」(physical integrity)、「身体的統一性」という訳ではちょっとわかりにくいですね。大薮順子さんという方がいらっしゃいます。彼女は、アメリカで性暴力の被害にあった。彼女は新聞社のカメラマンでした。夜中に見知らぬ男性が部屋に入ってきて、レイプされた。彼女は、その回復段階でサバイバーとなる。サバイバーというのは、「生き延びた人」という、被害者に対して尊敬の念を込めた言葉です。過酷な状態からの心理的回復を果たした人ですね。彼女は『STAND―-立ち上がる選択』という本を出版しています。フォトジャーナリストなので、自分と同じ性暴力被害者の写真を撮って展示会をし、そこで性暴力についての講演をしておられます。そのときに、こんな話をされました。アメリカでは、挨拶代わりにキスしたりハグしたりする習慣があるので、幼稚園の小さな子どもに対しても「もしハグやキスをされたくなかったらノーといいなさい」と教えている。そして、女の子にそうしようと思って「ノー」といわれた男の子にも、「別にあなたが嫌われたんじゃないよ。今、彼女はさわられたくないからノーといっているだけなのよ」と教えるという。これが「身体的尊厳」ということです。自分の身体は、誰にでも触られていいものではない。「私の身体は私のもの」、身体の主権が自分にあるという考え方です。身体を勝手に触られ、暴力を振るわれるということは、この「身体的尊厳」を冒されるということなのです。他人の「身体の尊厳」を奪ってはいけないという教育が、日本ではなされていない。ハグとかキスの習慣が日本にないので、アメリカ人ほど「身体の尊厳」について神経質にならないからかもしれないが、それは甘いと思っています。性暴力はこの「身体的尊厳」を、冒すことなのです。
もう一つは基本的人権としての「性的自由・性的自己決定権」の侵害です。性的自由というのは、セックスをするのかどうか、誰とするのか、レズビアンの人だったら女同士でするでしょう。子どもを産むのかどうか、これも性的自由。そして、これらのことを決める「性的自己決定権」は、私たち一人一人のもつ基本的人権です。最近の若い人たちは避妊をしないと聞きます。妊娠してしまって、産婦人科に行かなければならない女性は、そのことでまた傷つく。性暴力は、「身体の尊厳」と基本的人権としての「性的自由・性的自己決定権」の侵害であることを理解していただきたいと思います。

「顔見知りによる性暴力」(Acquaintance Rape)
性暴力は、「見知らぬ男」からではなく「顔見知り」の加害者によるもの(Acquaintance Rape)が圧倒的に多い。70%以上が顔見知りによる性暴力です。アメリカの調査では強姦の90%が顔見知りによるものとされ、日本の調査では74.2%です。そして、被害者と加害者の関係が近ければ近いほど法的に起訴されない傾向がある。犯罪として認められないのですね。上司からレイプを受け、逃げられずに何回も被害を受け続けているケースなどでは、「それはあなたが逃げないからそういう関係が続いたのでしょう」と犯罪とみなされない。顔見知り、デートの相手、夫婦間の強姦は犯罪だと考えられてこなかった。日本のDV防止法では、妻を殴った夫を傷害で逮捕することができない。アメリカでは傷害罪で捕まりますが、日本ではそうではない。夫婦間でもセックスをする時には双方の「同意」がいる。男女平等が進んでいる国ではそうです。フランスでは「見知らぬ男からの強姦」より「夫婦間強姦」のほうが、重い刑罰を受ける。妻にとって夫は「信頼する存在」であり、夫がその信頼を裏切ったという理由で罪は重いのです。そういう考え方において、日本は遅れている。
性暴力犯罪には、「合意」「同意」の定義が大事です。私は、性暴力裁判で意見書を書いたり、専門家証言をしています。被害者側に立って「被害者が長い間、性暴力を訴えられなかったのはこういう心理状態からです」といった説明をする。顔見知りの加害者は「合意があったからやりました。強姦したわけではない」と主張しますが、合意とは「これからセックスしますか?もし避妊しないで子どもが生まれたら…」といったことをすべて二人で考え話し合った上で、「いいよ、セックスします」と言葉での「合意」をとらないといけないということです。これが性暴力支援の進んだ国のルールなんですね。日本では、たとえば、顔見知りの指導教授から女子学生への性暴力というケースもあります。先生にレポートのことを聞いていたら急に抱きつかれてソファに押し倒されて強姦された。先生を警察に訴えることはなかなかできない。「なにが起こったのだろう?」と頭が真っ白になる。先生に抵抗することができなかった。裁判では、「なぜあなたは抵抗しなかったんですか。抵抗しなかったのはあなたが合意していたからでしょう」と言われる。専門家証言では、「被害者はびっくりして、頭が真っ白になり固まってしまって、抵抗できなかったのです」と、被害者心理を代弁します。セックスをする時には互いの合意がいる。そして、「抵抗しなかったから合意があった」と見なすのは間違いです。お互いに言葉による「合意」「同意」がいるのですね。

「強姦神話」って?
「強姦神話」とは、男性加害者に対して都合よくつくられた物語です。「女のノーはイエスのサイン」「いやだ、いやだといっているが心の中では強姦されたがっている」「男の性欲はコントロールできないから挑発した女が悪い」。たとえば、朝まで男といっしょに飲んで酔いつぶれた女が悪いなどと、「隙を見せた」「挑発した」と女性側に強姦の原因があると責める物語なのです。「本当にいやだったら防ぐことができたはず、ちゃんとした女性なら死ぬまで抵抗したはずだ」とも言われますが、男と女は体力差が大きいので、バーンと上にのしかかられたら、はね除けることはできない。加害者が被害者の洋服を脱がせて強姦することは簡単なんです。「ちゃんとした女性なら抵抗して逃げたはずでしょう」というのは幻想ですね。そして、「性的にふしだらな女が強姦される、ちゃんとした女性はそうならないはず」という「強姦神話」は、男性加害者に味方する男性側の論理、社会一般の物語ですね。まだまだ裁判長も男性が多いし、加害者側の弁護士も男性。その前で被害者の女性が「こういうふうにして強姦されました」と一生懸命に説明しても、「なぜその時、ノーといわなかったのか?」と、「強姦神話」目線で聞いている。そういう裁判をたくさん経験しました。

性暴力被害者への「ジェンダーの視点」に立つカウンセリング支援
強姦被害者の被害がなかなか認めてもらえない社会で、どういうカウンリング支援をしているのか。性暴力被害者への「ジェンダーの視点」に立つカウンセリングでは、まず「私は強姦被害者だ」とはっきり被害女性に思ってもらうために、「あなたは悪くない、悪いのは加害者の方だ」と言います。「いい悪い」という言葉を伝統的なカウンセリングでは使わないのですが、「ジェンダーの視点」「男女共同参画の視点」に立つ私たちは、はっきりと「あなたは悪くない。悪いのは加害者だ」と言い、「被害者化」を促します。「私は被害者なんだ、そう思ってもいいんだ」「強姦は私への人権侵害としての犯罪だ。身体的尊厳、性的自由・性的自己決定権の侵害だ」と理解してもらうのです。
そして、性暴力被害者の希望に応じた情報提供をします。心理的、医学的サポートとして精神科医の紹介。学校に行けない、単位はどうなるのか、ひとりで電車に乗れないといった生活上の問題へのサポート。法的サポートとしての裁判支援。私たちも、カウンセリングをして、法廷に意見書を提出し、専門家証言をします。
PTSD(Posttraumatic Stress Disorder)「心的外傷後ストレス障害」
カウンセリングの中心的な作業として、性暴力というトラウマ体験によるPTSD(心的外傷後ストレス障害)からの心理的回復をめざします。強姦被害者へのカウンセリングの最終ゴールは単に性暴力関係から去ることではなく、暴力から真に解放された新しい人生を構築することです。トラウマとは一生涯忘れることができない心の傷です。昨日まで被災地女性支援で郡山に行っていましたが、自然災害のトラウマ、戦争、大規模事故、航空機、列車、ホテル火災、性暴力被害(強姦、強制わいせつ、性虐待、セクハラ)、DV、子どもへの被害(虐待、いじめ)などがトラウマ体験です。
そのトラウマ体験による精神的な障害が、Posttraumatic Stress Disorder=PTSDです。アメリカ精神医学会の診断基準による4つの症状があります。①「再体験症状」とは、トラウマ症状を思い出すこと。事件と似たような状況におかれた時、不安や恐怖を感じる。エレベーターに男性が乗ってきたら、性暴力被害の場面を思い出して逃げ出したくなる。事件と似たような状況におかれた時に怖くなるからです。「フラッシュバック」とは、一番思い出したくない怖い場面が頭に浮かぶこと。強姦時の「どうや、ええやろ」と言った男の声や唇がフラッシュバックする。生活面での変化としては、いつもトラウマ経験に悩まされ、寝付きが悪くなり集中力が低下し、元気に活動できなくなり、引きこもりがちになる。学校に行けなくなる。また日常生活に落ち着いて取り組めなくなる。落ち着いて本が読めない。テレビを見られない。辛さのあまり自傷行為、リストカットをする。
②「回避・マヒ症状」とは、トラウマ体験を思わせるもの、状況、場所、人などを避ける。体験を思い出そうとしない。大学で強姦されると大学の方に足が向かない。生活面での変化はトラウマに関連するものすべてを回避するために、できることが減っていく。行動範囲が狭くなり、対人関係を避け、感情的にマヒした生活になる。性暴力被害者にとっては家族や警察に相談することも回避する。相談することは思い出すことなので、しゃべりたくない。一人で悩むことになる。加害者と同じ性に属する男性に近づけない。大学の先生も警察官も男性が多いので、しゃべれなくなる。
③「認知や気分の否定的な変化」とは、陰性の変化、暗い方へ、暗い方へと考えてしまう。ものごとのとらえ方や感じ方、感情の浮き沈みがマイナスの方向に偏ってしまう。生活面での変化としては、否定的な感情(恐怖、戦慄、怒り、罪責感、恥辱感)ばかりが続いて、大学にいって勉強するといった興味や参加意欲が低下し、他者から孤立し、ひとりぼっちで疎外されていると感じる。幸せや満足や愛情という気持ちになれない。希望など、これから先にいいことがあると思えなくなる。
④「過覚醒」とは、些細なことを気にするようになり、なんでもないようなことで驚いたり、怒ったりする。一回、被害にあうと今度被害にあいそうになったら「絶対に逃げるぞ」と常に構えているので、過剰に警戒的になる。大きな声とか「オーイ」という声にもビクッとする。人込みとか電車が怖い。生活面での変化ついては、何事にも集中できない。小さなことに気をとられるため仕事や勉強に集中できない。気の休まる時がなく、心身ともに疲れて生活が破綻してくる。
その他の心の病気として鬱病や不安障害(パニック障害)、アルコール依存症になる。忘れるために飲むからです。リストカット症状などが出てくる。
そこからどうやって回復することができるのか。他者にしゃべることが大事ですね。一人で考えていると出口なしで整理がつかず、PTSD症状はどんどん悪くなる。孤立無縁状態がいけない。カウンセリングに来てほしい。カウンセラーに話すことによって、「どうにもならないことになってしまっているわけじゃない。私は大丈夫だ」と思ってほしい。また、嘆き悲しむこともいい。散々泣いて、悔しがって、怒ってはじめて、新しい人生が生まれてくる。こうして人に話すことによってしか心理的回復はないということです。

デートDVについて
最後に、デートDVについて話したいと思います。DV(domestic violence)とは、「家庭内暴力」という意味で、結婚している夫婦間の暴力を示す言葉なので、「デートDV」という日本語はへんですが、DVと暴力の内容が似ているので名づけられたのかもしれません。英語では、“dating violence”(デートの中の暴力)です。
暴力の種類は身体的、性的な暴力。「恋人を独占したい」「恋人が他の人といっしょにいるのはいやだ」という気持ちから、相手のことを無視して自分の気持ちをぶつける。嫉妬、やきもちによる自分の感情を押しつけて、ちょっとでも相手が「嫌だ」という感じを示すと、ものすごく怒って身体的暴力も振るう。「合意」「同意」をとらずに「俺は恋人だから」と性的な行為を強要する。その時に避妊をちゃんとしない。これは、性暴力ですね。
経済的暴力は、DVでは夫がお金を家に入れないということですが、デートの時、いつも一方だけがお金を払うのは経済的暴力ですね。「男性が払うべきだ」と、女性が加害者になることも多い。割り勘がいいですね。恋人同士でもお金を借りたまま返さないのは、経済的暴力とされています。
精神的暴力としては、相手を独占し、束縛すること。これは、愛情表現ではないですね。若いみなさんはメールでも大変ですね。いつも相手のメールを見ていてすぐに返事をしないと怒る。女性の方がその傾向があるとも言われていますが。「好きだから束縛する」「嫌われるのが怖いから我慢「合意」する」というのは、愛情関係ではなく暴力関係ですね。このあたりがデートDVの問題ではないかと思います。
デジタル暴力とは、相手の許可なくプライベートな画像や動画をSNSに載せること。実際にインターネットに流出した性的画像を削除することができないという事件も起きています。お互いにあまりよく考えずに安易な行動をとることはやめた方がいい。関係が破綻した時に、こういうことがあると、後で裁判になったりして大変なことにもなります。
ストーカー行為とは、相手との関係が終わった後で、つきまとったり、待ち伏せ、見張り、押しかけたり、一方的な無言電話、メール送信をする。ストーキングによって、殺された女性もいました。
デートDVを防ぐためには互いの人格を尊重しあうこと。お互いが大切なパートナーである意識をもつこと。相手を性的関心の対象としてだけ見る意識をなくすこと。私としては、ジェンダー平等の意識で、お互いに対等な恋愛関係をつくってほしいと思います。

さいごに
最後に、こういう話を聴くと気分が悪くなる方もおられるかと思いますので、そういうことがあれば、いつでも電話をかけてきてください。ちゃんと応対します。これからの4年間、性暴力の被害者にも加害者にもならない、いい学生生活を送ってほしいと思います。どうもありがとうございました。

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