人権教育研究センター

第30回花園大学人権週間 講演1

生田武志さん(野宿者ネットワーク代表)

生田武志さん

◆プロフィール◆
 いくた・たけし
1964年6月生まれ。同志社大学在学中から釜ヶ崎の日雇労働者・野宿者支援
活動に関わる。2000年、「つぎ合わせの器は、ナイフで切られた果物となり
えるか?」で群像新人文学賞評論部門優秀賞。2001年から各地の小、中、高
校などで「野宿問題の授業」を行なう。野宿者ネットワーク代表。社団法人
「ホームレス問題の授業づくり全国ネット」代表理事。「フリーターズフリー」
編集発行人。著書に『<野宿者襲撃>論』人文書院、『貧困を考えよう』岩波ジュ
ニア新書、『おっちゃん、なんで外で寝なあかんの?―こども夜回りと「ホーム
レス」の人たち』(あかね書房)、『釜ヶ崎から 貧困と野宿の日本』 (ちくま
文庫)など。

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「貧困の語り部」

吉永 純

釜ヶ崎から貧困を発信して20年
 今年の人権週間では、日本の貧困地帯である大阪、釜ヶ崎で長く支援活動を行っている生田武志さんのお話を聞くことになった。経歴にもある通り、生田さんは、大学卒業後、釜ヶ崎に飛び込み、自らも日雇労働者として働きながら、ホームレスの支援に20年以上携わってこられた。また、子ども夜回り(子どもたちが、冬に路上にいるホームレスの方へ、熱いお茶やお握り、毛布などを提供する活動)や、貧困についての出前授業を学校に出向いて行うなど、単なる救援活動にとどまらない、ユニークかつ社会的な発信を精力的におこなっている。現在は、反貧困ネットワーク大阪の代表も務めておられる。私のゼミでは、ここ数年、子ども夜回りなどの映像を鑑賞し、ゼミのフィールドワークとして日本の貧困の縮図である釜ヶ崎を訪れ、日本の貧困を学ぶことにしている。
 生田さんのお話を何回か聞く機会があったが、お話はけっして派手ではない。どちらかと言うと、事実を丹念に積み上げ、ホームレスの方の心情に寄り添った、人の心にひたひたと迫る話ぶりである。生田さんは、ホームレスや貧困に苦しむ人々の立場に徹底的に立ち、その立場はけっしてぶれることがない。そうしたところに私たちは信頼感をもつことができる。

「釜ヶ崎の全国化」
 現在、生田さんがよく言われている言葉に「釜ヶ崎の全国化」という言葉がある。釜ヶ崎は、日雇労働者の街なのだが、不安定な日雇労働をずっと続けてきた労働者がそのまま高齢化した街でもある。彼らは、国民年金や厚生年金などの社会保障の網から漏れ勝ちであるため、高齢期になった場合には、年金資格がないかあっても低額である場合が多く、結局は、家賃を払えなくなって野宿するか、生活保護によって住まいを確保し生活せざるを得なくなる。現在の釜ヶ崎は、一面ではこのような高齢の生活保護利用者の街となっている。翻って、現在の日本の雇用状況をみると、これからの私たちの生活はどうなっていくのだろうか。生田さんは次のように喝破する。

 「いま激増し続ける2000万人近い非正規労働者、そしてブラック企業などで「使い捨て」にされる正規労働者の未来はどのようなものだろうか?現在30代半ばの労働者層は、2040年以降に老後を迎える。そのとき、釜ヶ崎の日雇労働者と同じく、大した貯金も年金もなく、親も亡くなっている(あるいは介護状態となっている)多くの人は、「生活保護」か「野宿」しか出口はないかもしれない。日本はいま「釜ヶ崎の全国化」に向けて全力で走り続けているのだ」(生田武志『釜ヶ崎から』ちくま文庫、337頁)

分配の失敗を是正する
 こうした「釜ヶ崎の全国化」を避け、普通に働けば、何とか老後も心配なく生活できるようにしなければならない。こういうとすぐに財源は?という話になりがちな日本だが、日本ほど、社会的な生産物や利潤の分配がいびつになっている国はない。労働者の貧困化の一方で、大企業の余剰資金(内部留保)は300兆円にも達している。その数%を取り崩すだけで、1万円以上の賃上げは可能である。また、日本の富裕層上位40人の資産総額はこの4年間で、7.2兆円から15.4兆円に倍増している(「フォーブス」)。これらに適正な税金をかけて社会保障に回せば財源は十二分にある。要は政治の姿勢にかかっているのだ。

「死んでから花を投げても遅い」
 生田さんはなぜこのような、それも無償の活動を続けるのか。自分でもはっきりとはわからないと言いながら、こうした質問があったら必ず話すある事件があるという。その事件とは、1995年10月18日、段ボール集めをしながら野宿をしていた63歳の元日雇労働者、藤本さんが若者によって水死させられた事件だ。設置された祭壇にノートを備え、書き込みを募ったところ、単に同情するだけでなく、自分にひきつけた、例えば次のような書き込みがあった。生田さんはこうした声をよりどころにして活動してきたと言われる。

 「このこと知って、はらたって、はらたって、とうぜん、一方的に、許せんで、こんなん、はらたって、はらたって、たまらん。せやけど、やったやつ、新聞で知ると、おっちゃんと同じように生きとるやつや、いったいなんやねん、こんな世の中におるんやなあ、又、はらたつ。もっともっとやさしいできんのか、人を人として見れへん。人やったら、助けもする。人やったら、つらい事もある。俺らの世の中が、人らしさ殺したらあかん。この橋の上でそう思う」(同前、354頁)

 路上死や襲撃による殺害は途絶えることがない。しかし、生田さんは「自分なりの活動を続けなければ、これからも再び三たび「遅すぎた」と後悔しなければならなくなるだろう。それぐらいなら、無力だとしても野宿問題のために何かをし続けるべきなのではないだろうか」という(同前、357頁)。この思いは、活動する領域は異なっても、人権を守るために、ささやかであっても活動している私たち花園大学人権教育センターに関わる者も同じ思いだろう。

 今年の人権週間では、深刻化する現代の貧困や、どのようにしたら根絶できるのか、その処方箋を、生田さんの生きざまを通じて学びたい。

(よしなが・あつし=人権研センター副所長・社会福祉学部教授)

 

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