人権教育研究センター

第25回花園大学人権週間 前夜祭

『風が吹くとき(When the Wind Blows)』

中尾良信

 2011年度の人権週間に関する企画会議を開いたところ、やはり3月11日の東日本大震災による福島第一原発事故の影響か、原発関係の提案が多かったため、いっそ本年度は原発特集にしようということになりました。学生にしても教職員の多くにしても、日本が世界で唯一、原子力爆弾を実際に投下された国だということは、知識として知ってはいるものの、被爆ということを身近に感じた人は少ないのではないでしょうか。海外では1986年のチェルノブイリ原発事故があり、日本でも1999年茨城県東海村のJCOで起きた臨界事故のように死亡者が出たこともありましたが、ある意味で現代の日本人が否応なく意識した被爆体験は、今回の福島第一原発の事故が初めてのものです。広島・長崎での被爆体験者も高齢化し、数少なくなっている現在、原子力の破壊力や影響を実感することは困難になっています。
 今回の前夜祭で上映する映画は、『スノウマン(The Snowman)』というキャラクターで有名なイギリスの作家でイラストレーター、レイモンド・ブリッグズが、1982年に発表したグラフィックノベルで、1986年にアニメーション映画化され、日本でも1987年に公開された『風が吹くとき(When the Wind Blows)』です。日本語版は大島渚監督が監修し、主人公の声を森繁久彌さんと加藤治子さんが吹き替えています。音楽担当がピンク・フロイドのロジャー・ウォーターズ、主題歌を歌っているのがデヴィッド・ボウイというと、往年のロックファンなら「オッ!」というところですが、今の学生諸君にはナツメロでしょうか。1978年に発表された『スノウマン』はほぼ完全に文がない作品で、この作品がアニメ化されてアカデミー賞にノミネートされたことで、ブリッグズは世界に知られるようになりました。ブリッグズはその後より大人向けの作品も手がけ、1984年にはフォークランド戦争を痛烈に批判した、『The Tin-Pot Foreign General and the Old Iron Woman』なども作りましたが、1980年に発表した『ジェントルマンジム Gentleman Jim』における、地味な外見の労働者であるジム(ジェームス)とヒルダのブロッグス夫妻は、彼の両親をモデルにしたといわれています。
 『風が吹くとき』は、そのブロッグス夫妻が初老となってイギリスの片田舎で静かな年金生活をおくる中で、核戦争に遭遇したときの様子を淡々と描いたものです。日に日に悪化の一途をたどる世界情勢の中、ついに戦争が勃発し、ジムは政府が発行したパンフレットに従って、保存食を用意しシェルターを作るなどの準備を始めましたが、突然ラジオから三分後に核ミサイルが飛来すると、ニュースが流れました。命からがらシェルターに逃げ込んだ二人はなんとか難を逃れたと思います。救援がくると信じて止まない彼らは、互いを励ましながら耐えていますが、実際には放射線が徐々に二人を蝕んで、次第に衰弱していきます。この映画は、人を疑わず楽観的なブロッグス夫妻が核戦争の恐怖に直面する物語を描き、その即時性とオリジナリティーにより世界的に賞賛されました。
 さて、あなたはこの派手な戦争シーンもなく、ほとんど他に登場人物のない映画を見て、どのように感じるでしょうか。ブロッグス夫妻が信じている政府というものと、いま私たちが毎日のようにテレビを通じてみている政府と、大きな違いはあるのでしょうか。ごく静かな一市民の生活が、テレビや新聞で知るしかない世界情勢や経済原理という化け物のせいで破壊されるようなことは、私たちには起こり得ないのでしょうか。私たちは、一方的な受け身の情報だけではなく、もっと身近な形で原子力や原発のことを知る機会を、自ら求めなければならないと思います。本年度の人権週間を、そのきっかけにして戴けると幸いです。

(なかお・りょうしん=人権研センター所長・文学部教授)

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