日本文学科

『花園大学国文学会会報』 VOL.26 (2005(平成17)年 6月 1日発行)

編集・発行 花園大學国文学会

「テレビ鏡」 山内 久司 (本学非常勤講師)

 テレビの番組を長く創りつづけてきました。ドラマが中心でした。「必殺シリーズ」などの時代劇も数多く担当しました。花園大学からそんなに離れていない太秦の撮影所に長年通いました。京都の伝統的な映画制作の場にどっぷりとひたっていたのです。しかし、テレビマンとしての私は、常にジャーナリズム的であろうとしていました。時代劇の中に現代を映し出すことが、私のテーマでした。映画監督や映画の職人たちと激しく議論しました。映像の職人技とテレビ的発想の結びつき。テレビがまだ若かった頃です。私たちは、テレビ時代劇に新しい風を吹き込みました。時代劇の画面に、現代を映し出すことができたと自負しています。
時代劇だけではなく、現代劇も、バラエティも、テレビの番組は、その根本に、ジャーナリズムの精神を持っていなければならないと思っています。テレビは時代を映す「鏡」でなければならないのです。風俗や流行だけではなく、時代の精神を映し出す鏡なのです。.最近、その鏡の表面がくもりはじめ、ゆがみが、ひどくなっているように感じます。社会を正確に映し出していないように思えてならないのです。視聴者の俗な感情に迎合したワイドショウ。ニュース番組もその影響をうけて、やたらに感情的な伝え方をしています。志を失ったドラマたち。タレントの個性にだけたよったバラエティ。どうしてテレビはゆがみはじめたのか? 私はテレビ論という講義の中で考えていきたいと思っています。
鏡といえば、古典文学では歴史を意味します。大鏡(おおかがみ〕、今鏡(いまかがみ)、増鏡(ますかがみ)、吾妻鏡(あずまかがみ)などを思い浮かべるでしょう。平安時代から南北朝時代にいたるまでの歴史物語や記録です。過去の歴史をうつしだすことで、現在の行動の鏡(手本)にしようという意味だと思います。
民問放送のテレビがはじまって五十年。私はその時代をテレビとともに歩いてきました。成功と失敗の繰り返しでした。その体験を通じてテレビの歴史を語ろうと考えています。整理されてもいないし、体系化されてもいません。しかし同時代に生きた人間だけが話せる有りのままの歴史を伝えたいと思っています。その歴史を通じて現在のテレビの状況を考えたいのです。「ホリエモン騒動」がありました。それで浮き彫りにされたのがテレビの現状です。免許という護送船団方式に守られて、ノンビリしていた経営者。創造性のない制作現場などなど。その現状を生んだのも歴史なのです。大鏡ならぬ「テレビ鏡」を語ろうと思っているわけです。
火曜日の午後一時から、講義をしています。春から夏にかけて、食後の眠い時間帯です。講義を聴きながら居眠りをする学生が時々います。その数が多いとその日の講義は出来が悪く、退屈なのだと判断しています。前に座っている学生諸君は私の「鏡」なのです。

「感性」と「創造力」 福原 正行(本学非常勤講師)

 芸術を生み出す才能に 「 感性」なるものが存在し、それが作品を生み出す 「 創造カ」のエネルギーの源泉となっていると信じてきた。しかし、そのようなものを実際感じることも眼にする機会もなかったように思う。
七年ほど前から、ディジタル・クリエイターたちの教育に携わるようになった。映画の理論や歴史は、それなりに解っているつもりだった。しかし、種々のグラフィカル・ツールや CG系のソフトをパソコン上で縦横に操る学生たちに何を教えることができようか。当初は、講義や演習をあてがわれても、教育プログラムの練成に苦心した。しかし、デザイン的発想で作品を合目的的に構築してゆく学生たちの作業とそこに乗っかって教育的成果を得ようと格闘する過程で、今まで気付きもしなかった認識を得ることとなった。 「作家やクリエイターは、作品を完成させることが如何に難しいか」ということである。ヴィジュアル・センス抜群でも、一何だ、やっばり学生だなあ。」と思いつつ 、「しかし、待てよ … 」。創作の様 々 な段階で苦闘する彼らと話しながら、作品を個性的で魅力あるものとするための「アイディア」の存在を知った。月並みなものは、相手にされない。振り向かせて見聞きさせ訴えるには、彼らの葛藤に相応しい、それこそ「かけがえのない刻印」とも言えるものが作品に欲しい。そのために、既成の枠組みを超えるような思考・発想である「アイディア」があった。作家やクリエイターの「感性 」は、そのような独自な思考と発想に立って、作品完成に向かう地道な試行錯誤から醸成されてきたものであることが解ったのは、私にとって幸運であった。
花園大学国文学科の現代文化コースにお世話になって三年目、今年から三・四回生のゼミ演習を担当させて頂く。卒論指導、「そう言えば随分長い間、学問をしていなかった 」ように思う。芸術やデザイン、そして何よりも映画と向き合おうとする学生諸君と出逢うのが楽しみだ。彼らは三十年近く以前の私と同じ地平から始める。しかし、映画や映像の学問は、その頃とは比較にならないほどの豊かな可能性を持つ。技術の進化だけが拓いたものではない。「誰も来たことのない道」を進むかのような作品づくりの「創造力」に学び、学生諸君の卒論を「感性」豊かなものとしたい。共に、問題意識を持った「訴えかけ」のある学問の一端にありたいと願う。 宜しくお願いします。

「大学四年間を振り返る」 山根 一生(2004年度卒業生)

 大学四年間を振り返ると、時間の流れを早く感じ、あっという間に駆け抜けたように思える。私は、書道部と排球部に在籍していたこともあり、多くの人々と出会い、様々な場を経験することが出来た。さらに、書道部では副部長を、排球部では主将をしたことで、責任という自覚を持たなければならないことで、人としても成長し、人々と関わることで、自分を知ることが出来、多くの人々に助けられ、すごすことが出来たと思う。人と触れ合うことで、自分にないものを見つけ、他人と比べることは決して悪いことではなく、自分を成長させるチャンスだと思う。私にとってそれが、偶々書道やスポーツを学んだことだろう。
大学で何を学ぶかは、自分次第だと思うが、大学に来た以上、今までと同じ時間をすごしたのでは意味が無いのではないだろうか。義務教育が終わり、社会へ出るまでに与えられた時間を大切に使うべきだと思った。決して後悔ばかりではないが、もっともっと学ぶチャンスはあったように思う。四年間に出会った人々、友人、先生方には大変感謝している。

「近況」  庄倉 健士(2004年度卒業生)

 今年の三月、私は花園大学を卒業し、故郷の中学校に常勤の講師として就職しました。大学を出て学生から社会人となり、まわりの環境ががらっと変わりました。教科を本格的に指導するのもはじめてで、しかも、二年生の担任をまかされることになりました。はじめての職員会(職員の会議)では、話の内容を理解できたのが十分の一ぐらいで、生徒が新年度登校してくるまでに何をどうすればいいのか中々分かりませんでした。幸い自分が中学生の時にお世話になった先生がおられたので、とにかくわからないことは聞きながら、手探り状態のなかで、自分の不安と戦いながら一生懸命生徒を迎える準備をしました。
いざ生徒と顔を合わせてみると、はじめはすごく緊張して自分でも何しているか分からない状態でしたが、新しい先生ということもあり生徒たちは私の話に良く耳を傾けてくれました。そんな地面に足のついていないようなスタートでしたが、生徒と年齢が比較的近いこともあり、生徒と親しくなるまでには時はかかりませんでした。中学時代というのはそんなに遠い昔のことではないので、生徒のいろいろな相談にのることも少なくありません。年齢が近いことで、多少なれなれしかったりもしますが、先生というよりは彼らの良き兄貴分として自分なりのメセージが伝われば良いかな、と思って毎日を過ごしています。こうして生徒と近い目線に立って、多少友達のような関係でも彼らが本音をぶつけてくれるので、若い時にしかできないスタイルだからいいのかな?なんて思いながら、今は肩の力を抜いて毎日教師生活が送れるようになりました。
中学生という時期は、人間の人生の中で一番不安定で、一番成長するチャンスを持つ時期です。そういう点では中学校教員はとても責任のある大変な仕事ですが、すごくやりがいのあるものだと思います。

「紅旗征戎、吾が事に非ず?」 北川 重明(大学院生)

 近代文学、特に昭和期の文学を読むと、「戦争」という事柄を無視して読むことはできない、ということがわかる。なにも、「検閲」云々 、ということだけではない。<紅旗征戎、吾が事に非ず>などと、定家よろしく、呑気に作品を読んでいるわけにはいかないのである。作品、を書いているのは誰か?当然、作者である。作者の営みによって、生み出されたモノを、作品と呼んでいるである。そして、私たち読者は、それを読むのである。
ならば、その作品の作り手である、「作者」、は、いったい誰なのであろうか。否、正確にいうなれば、その「作者」とは、いったいどのようにして作られるのだろうか?作品の作り手である作者も、一人の人間である以上、社会の影響を受けずして、形成されるものではない。社会のさまざまな事象に影響を受け、一個の作者が生み出されるのである。
となると、たとえ、戦争には直接関係の無い様な作品しか書いていない作家であっても、戦争の影響をまったく受けていない、というわけではないのだから、その辺りのことを無視して、考察するわけにはいかないのである。
自分の専門に関して言うなら、俳句、においてもそうである。俳句、なんぞは、一番世俗の営為には、縁遠い世界、という錯覚があるかもしれない。それこそ、<紅旗征戎、吾が事に非ず>の世界である、という錯覚が。
しかし、誤解を恐れずに言えば、俳句の世界ほど、戦争の影響を大きく受けたものは無いのではなかろうか?
今日、俳句、といえば、五七五の有季定型詩、という概念が一般的である。では、なぜそうなったのか?それは、第二次大戦中の弾圧によって、それ以外の俳句を、俳句に非ず、として、排斥除外した結果によるものなのだ。その弾圧の首謀者は誰か、ということは、ここでは触れるのはやめておこう。軍部かもしれないし、はたまた、どこかの頑固親父かもしれない。
戦争、という大惨事によって、将来性のある、新たな可能性のある、俳句思想が、つぶされてしまった、という事実(史実)がある。その、つぶされてしまった俳句思想を、ひとつずつ、掘り起こしていきたいと思う。紅旗征戎、他人事に非ず、この言葉を旗印に、一人戦場に駆け出すつもりで・・・

「日本に来て」 チオジル ナサンジャルガル(モンゴルからの留学生)

 日本に来て二年間、日本語学校で日本語の勉強をし、今は花園大学の文学部国文学科で学んで、今年で三年目になります。国文学科は私にとっては、今まで経験したこともなく、とても難しいことが多く、戸惑いがちですが、見るもの聴くものの全てが初めてのことなので、とても興味深く講義を受けることが出来ます。
そんな中でも他の学校では体験することが出来ないと思われる坐禅。坐禅を組み一切のことを忘れ「静」のみを思える時間を過ごす、初めての体験。また花園大学は京都という日本の中でも最も国文学に関係の深い神社や仏閣がある地にあります。京都の町並みは、日本の他の都市とは違った趣があります。日本の四季がとてもはえる地でもあります。春の桜、夏の新緑の山々、秋のもみじ、冬の雪景色が、神社、仏閣と合います。そんな四季おりおりの京都の静かな趣を楽しみながら学問に励むことができます。また、このような良い環境の中で、やさしく、時には厳しく指導してくださる先生方に恵まれ日々の大学生活を楽しく過ごしています。

2005年度 花園大学国文学会・大会のお知らせ

花園大学国文学会 研究発表会

日時 2005(平成17)年 7月 3日 (日) 12時45分 開場
会場 無聖館ホール ( 5階)
発表者
「奪われた声、葬られた未来」 —「京大俳句」事件に関する一私見— 北川 重明 (大学院生)
「書教育における<見ること>の重要性」  下野 健児(本学助教授)

花園大学国文学会 公開講演会

日時 2005(平成17)年 7月 3日 (日) 15時 開場
会場 無聖館ホール ( 5階)

講演者
「伊勢物語のこころ-「かいまみ」の意味するもの-」  山本 登朗(関西大学教授)

花園大学ミステリー講演会

日時 2005(平成17)年 6月25日 (土) 14時 開演
会場 無聖館ホール ( 5階)
内容(無料) 「ミステリーの魅力 ―古本の引力―」
講師 喜国雅彦 日下三蔵

『花園大学国文学論究』 第32号

(2005(平成17)年12月刊行/販価 500円)

  • 「『古事記』『日本書紀』におけるユツカツラの意味」
    —水の木としてのカツラ— 下川 新
  • 「小沢廬庵の家集収集と入江昌喜」
    —架蔵本『海人手古良集』を手懸りにとして— 曽根 誠一
  • 「谷崎潤一郎—永遠の女性とその形式」
    —「春琴抄」に焦点を当てて— 福田 博則
  • 「植民地統治<台湾>の探偵小説」
    —林熊生『龍山寺の曹老人』— 浦谷 一弘
  • 「古本説話集下巻 本文と注釈」
    —第五十三話—- 新間 水緒
  • 愛贈図書目録(2003(平成15). 9~2004(平成16). 8)