日本文学科

『花園大学国文学会会報』 VOL.27 (2006(平成18)年 6月 1日発行)

編集・発行 花園大學国文学会

「五月病昨今」 国文学科主任 新間 水緒 (本学教授)

 「五月病」という言葉が一般化したのは、私の記憶では、私たちの世代が大学を受験する頃だったと思う。団塊の世代の下の方に属する私たちが受験するころには、大学の門は狭く、受験は「受験戦争」と言われるほど、厳しかった。だから、「五月病」という言葉は、単に四月に入学した新入生が、新しい生活が一段落して無気力に陥るという意味だけではなく、先の見えない緊張を強いられてきた受験勉強から解放され、ふっと力が抜けて、目的を見失ってしまうということと無縁ではなかったのである。でもこの状態は、大学四年間続くわけではなく、大部分の学生は、四年の間にあちこちに頭をぶつけながらも、「生きていくためにはしょうがないさ」ときながら、何とか現実と折り合いをつけて、社会に出ていったように思う(少なくとも、私の周りはそうだった)。
ひるがえって、今、周りを見回して見ると、このような意味での「五月病」もあるかもしれないが、むしろ多いのは、五月だけでなく、四年間ずっとそんな状態という新種の「五月病」である。えり好みさえしなければ、大学の門は広い。無理してこだわる必要もないし、あくせく苦労する必要もないという状況が背景にあるのかもしれない。社会にそれだけゆとりが生まれたということであろうか。
四月に入って毎日のように、複数の学生が、休学や退学の手続きのために私の研究室を訪れる。時期が四月だから、当然、新入生はいない。まず、休学や退学の理由を尋ねる。「他にやりたいことがあるので、他大学に進学する」とか、「留学したいので、資金を稼ぐ」とか、「就職する」とかの進路変更理由を聞くと、少しほっとする。自分なりに進むべき道を決めているから、この学生は大丈夫だと思うのである。考え込んでしまうのは、何の当てもなくただ休学や退学をする学生である。話を聞いてみると、「来たいから大学に来た訳でもなく、文学や現代文化に特に興味があってきたのでもなく、ただ何となく大学に入ってしまった」という答えが返ってくる。高校までの教育・指導の問題なのか、生育環境の故か、大学の受験システムの問題なのか…すぐには答えがでないけれども、せめて大学に入ってからでも、自分の将来について、逃げないで真面目に考えてみようよ、とつい言いたくなる。古い言葉だけれど、「Boys (and Girls) be ambitious ! 」ということも、今の時代には必要になっているのではないかと思う。でも、言っても通じないかも…。

「京都ブランド依存症」の喫茶店 今井 隆介(本学非常勤講師)

 今年の春、私は友人知人と鴨川や東山へ桜を見に出かけた。好天の花見サイクリングは実に爽快で、案内する地元民の私の中に優越感にも似た郷里愛が蘇り始めていた。
観光客の多さに辟易した私たちは、「道は隣の交番で聞いてください」と貼紙された喫茶店に自転車を止めて、ほんの一分ばかり自転車を離れた。近くに他のお店がないことを知った私たちが自転車を取りに戻るのと、その店のドアが開いてオーナーらしきおばさんがあらわれ、凄味のある顔で「さっきのどこ行った?」と口走るのとはほぼ同時だった。彼女は私たちが無断で自転車を置いていったと思って飛び出してきたのだろう。その表情の険しさは、そうした不届者がいかに多いかをも物語っていた。
謝ってその場を去る選択も頭をよぎったが、私たちは誤解を解くために喫茶店の客となった。しかしおばさんは私たちに愛想笑いすらせず、飲物の味も第一印象を裏付けるものだった。ガタつく机、高くてまずいオレンジ色の液体。世界的名刹の門前という立地条件にあぐらをかき、集客と接客の努力を忘れた喫茶店が観光客で繁盛していることに私たちは怒りすら覚えた。そして何より私たちをにらみつけたおばさんの顔である。観光客が落とす金で生活していながら、彼女は自分が観光客にうんざりしていることを隠そうともしなかった。
京都人が本音を言うのは医者を呼ぶときだけだと司馬遼太郎は書いている。京都人が最も表現しそうにない感情を、最も京都らしい場所で接客業を営む京都人が観光客に向かって吐露したことに私は驚いた。これこそ歴史と伝統をあてにして自助努力を怠る京都の風土病「京都ブランド依存症」である。京都人の一人として私はあのおばさんを反面教師とせねばならない。京都に憧れてやってきた学生にあんな顔を見せてはなるまい。そして全国から学生が集まる京都の歴史ある大学は、ただ伝統に寄生するだけの喫茶店のようにはなってはならないのである。

「卒業して思う」 神代 恵美子(卒業生)

 私は、書道コースで学生生活を送り、今年の春から大阪教育大学大学院に入学し、教育学研究科美術教育専攻書道専修で研究を続けています。書道は大変奥が深く、作品をただ書いているだけでは上達する事は出来ません。理論を勉強し、そこでの知識を踏まえ、作品制作に励む。こうしていくことで、少しずつ上達する事が出来ます。実技はもちろんのこと、理論の勉強も幅広く学ぶことができる花園大学は、書道を学ぶのに最高な環境であったと思います。すばらしい先生方、きれいな実習室、そして研究のための資料が花園大学には揃っています。そして、何より四年間共に書道を学び、最後に「卒業制作展」を成功させようと切磋琢磨してきた仲間達は、かけがえのない友達となりました。またCDCプログラムにより、自分の興味のある専攻とは関係のない授業を受講することで、自分の視野を広げることも可能です。特に、中国蘇州大学に短期留学したことは、私にとって大変貴重な経験になったと思います。私はここでの四年間に一つも悔いはありません。素晴らしい先生方、かけがえのない友達に出会え、四年間学んできたことで、書道に対する興味関心が増し、研究の楽しさを知ることができたからこそ、卒業後大学院に進学し、研究を続ける事を志望したのだと思います。これから、大学で学んだことを糧に、自分の夢に向かって努力していきたいと思っています。

「八岐大蛇」 高橋 章文(1999年度 卒業生 亀岡高校講師)

 この度、結婚を機に、大学入学から十一年住み続けたアパートの部屋を出ることになりました。引っ越しにあたって荷物を整理していると、「八岐大蛇神話」をテーマに書いた卒論の資料が、捨てるに捨てられず、まるまる残っていることに気がつきました。そして未だに思い入れが強く、それらをぽんと捨てることができない自分に苦笑しました。思えば余計なことに煩わされることなく、自分が興味のあることに対して思う存分時間と労力を割くことができたことは、貴重かつ幸せな経験だったなあと今になって思います。
私は大学卒業後、亀岡近辺の何校かの府立高校に国語の講師としてお世話になってきました。その中でも特に亀岡高校には常勤非常勤含めて今年でもう七年もお世話になっています。大勢の先生方と生徒に囲まれて、毎日多忙ながらも充実した楽しい毎日を送っています。
高校ですので、当然大学受験なども視野に入れて授業をしなければならないのですが、その合間合間に大学時代に学んだ説話などのちょっとした話を入れるのが私の楽しみになっています。今も古典の教材として「姨捨」という話を扱っていますが、これは同じゼミであった友人の卒論テーマでもあったため、かつてゼミ発表で聞いた内容をかいつまんで授業で紹介しています。生徒にも好評です。
確かにこれらの雑学的、専門的な知識は大学受験には直接関係ないかもしれません。しかし何らかの形で生徒がこういったものに興味を持つきっかけになってくれたら、そしてゆくゆくは自分の興味のあることに寝食を忘れて思い切り取り組むという、つらいけれども幸せな経験をするためのなんらかの「種」になってくれたらいいなと思いながら今日も頑張っています。

「私が学ぶべき日本文化」  チャンヘイン(四回生)

 私は韓国から日本に留学してきて五年になる留学生です。私は日本に来て日本語の勉強も頑張りましたが、同じように日本の文化も理解しようと努力してきました。今回私は日本で留学していて感じた、私が学ぶべき日本文化について話したいと思います。
日本では親の仕事を継いで、それをまた自分の子どもが継いだりして何代も続いてきている店をよくみます。そういうことは、日本には小さなものでも大切にする文化と、伝統を大切にする文化があるからできることだと思います。日本人は節約も上手で、物だけではなく、伝統も大事にします。小さな店でも何代も続いたりするのはそういう精神があるからだと思います。そして日本は外国文化や文物を受け入れ、学び、それを日本式に消化し自分のものにすることが得意です。それは本当に素晴らしいことで、学ぶべき日本文化だと思います。食べ物で例を挙げると、日本のカレーはインド人も感動するような味で、西洋のオムレツからオムライスというものを作り出したのも日本です。そして韓国の代表的食べ物であるキムチの世界輸出量ナンバーワンは日本だそうです。私は韓国人としてすこし悔しいのですが、それは是非学ぶべき日本のすごいところだと思います。
私は日本の良い文化を学び、自分の人生ででも活かしていきたいと思います。

「私の趣味」 鮑 徳璟(交換留学生)

 私は趣味の乏しい人間である。碁も将棋もやらない。マージャンのように、お金のかかるものはなおさらである。しかし、わたしにも一つの楽しみがある。
私は勉強に飽きた時、人生がつまらなくなった時、琴の前に座るのだ。そして心静かにそれを弾き鳴らす。それが私のただ一つの楽しみである。
幼い頃から、六年の間学んでいた。琴が私の友人である。人生の煩わしさや悲しみを、一時忘れることができるのだ。
忘れもしないある日のことを。私は試験失敗の知らせを受けて、悲しみのどん底に沈みながら、琴のまえに座った。月明の夜であった。青い光を反射していた。琴の糸は悲しく震えた。弾奏のまにまに、社会の荒波に浮き沈みする人間の姿が目に浮かんだ。ある者は泣き、ある者は笑っていた。またある者は怒り、ある者は嘆いていた。走馬灯のように変わる人間の姿を見て、私は人生は実にさまざまであると感じ、深い思いに沈んだのだった。希望が湧いてくるのを感じた。区区たる感情を超越した澄みきった世界に、自分がいることをわたしは見出したのだった。私はこうして、再び明るさを取り戻し、強くなり,捲土重来の決意を固めることができた。再起の力を与えてくれたのは琴であった。だから琴は私の友人であると同時に師でもあるのだ。私が心から琴を愛するのはそのためである。
琴を手にすれば、私の愛器はいつも私にほほえみかける。そしてわたしを慰めてくれる。私は今後も彼を心の友人として、波風荒い人生を生きてゆくことだろう。

「パブリックとプライベート」 丸山 顕徳(本学教授)

 教室や電車の中、レストランは、パブリックなところである。だから大声で話をしたり、化粧をしたりするところではない。これは世界中の誰もが知っている他人への配慮である。しかし、日本ではこれを教えられていない人が増えている。つまり、公私の区別のできない幼稚な判断しかできない人である。大声で泣く赤ちゃんは、まだ公私の判断ができないから、どこでも泣いてよいし、可愛いから辛抱もできる。しかし、幾ら可愛くてもかん高い泣き声は煩わしくてたまらない。大人で、赤ちゃんと同じ愛すべき性格を幾ら備えていても、公私の区別の付かない人間は要注意。こんな人間は信用しないほうがよい。何故なら、公衆の面前で突然、恥をかかせられるからである。車中で化粧をし、その後で大きなチョコレートにパクついている。こういう人から、いざと言うときには逃げようがない。また車中には、名のある大学や企業のバッジを胸につけ、大また開きの日本紳士がいる。幼児は、まだTPOの判断がないからよいが、現代の日本人の紳士には、TPOの判断のない者も少なくない。ヨーロッパの先進国では、ついと見られない電車の中の風景である。車中の大声でのおしゃべりも、プライベートなことであるから、パブリックな場でのお喋りは、顔を寄せあって小声で喋るのが基本的な方法である。電車の中の日本は、老若男女とも、田圃の中の日本の原風景から進化していない。

2006年度 花園大学国文学会・大会のお知らせ

花園大学ミステリー講演会

日時 2006(平成18)年 6月24日 (土) 13時30分 開演
会場 無聖館5階ホール (入場無料)
内容 「ミステリーの魅力 探偵小説批評の十年」
講師 笠井潔 巽昌章 法月綸太郎

花園大学国文学会 研究発表会

日時 2006(平成18)年 7月 2日 (日) 13時 開場
会場 無聖館5階ホール

発表者
「叙述トリック小論」 廣森 翼
「S・キング原作『ミザリー』の映像と舞台への展開」 石川 智子

花園大学国文学会 公開講演会

日時 2006(平成18)年 7月 2日 (日) 15時 開場
会場 無聖館5階ホール(入場無料)

講演者
「『学校の怪談』という問題系」  一柳廣孝(横浜国立大学助教授)

夏目 房之介先生 マンガ講座 (公開)


日時 2006(平成18)年 8月 2日 (土) 12時30分から
会場 無聖館5階ホール(入場無料)

『花園大学国文学論究』 第33号

(2005(平成17)年12月刊行/販価 500円)

  • 『玉葉』に見える「二条院讃岐」像
    伊佐 迪子
  • 小沢蘆庵の家集収集と入江昌喜(二)
    — 静嘉堂文庫蔵『小馬命婦集・伊勢大輔集』の検討 — 
    曽根 誠一
  • 奪われた声、葬られた未来
    —「京大俳句」事件攷 — 北川 重明
  • 谷崎潤一郎「黒白」試論
    — 過渡期の挑戦と挫折 — 福田 博則
  • 「古本説話集下巻 本文と注釈」
    — 第六十五話「信濃国聖事」—- 新間 水緒
  • 愛贈図書目録(2004(平成16). 9~2005(平成17). 9)