大学案内

沿革と「建学の精神」

 花園大学は妙心寺山内に、1872(明治5)年、明治維新にふさわしい子弟と新しい教育のために創建された般若林に始まった、臨済禅のこころを建学の精神とする学校です。
 その妙心寺は、本学の設立母体である臨済宗妙心寺派の大本山です。その開創は第95代の天皇、そして22歳で上皇となられた花園法皇が、ご自身の花園離宮を改めて禅寺となされたのに始まります。
 当時は鎌倉幕府が滅び室町幕府が起こる動乱期、いわゆる南北朝時代で、法皇は世相の混乱と人心の荒廃を深く憂えられ、仏教特に禅の道を大徳寺の開山大灯国師について学ばれます。そして、世の平安を願って禅寺開創を発願し、大灯国師のお指図の通り、開山を関山慧玄禅師、名を正法山妙心寺として1342年建立されました。以来600有余年、「報恩謝徳」、法皇の御こころざしは今日に至るまで綿々として伝わっております。明治5年に創立された「般若林」は、明治36年に花園学林と名を変えて現在に至っているのです。大学名「花園」はこの花園法皇の御こころざしを受け継いでいるのです。
 本学の理念は禅仏教の教えによる人格の陶冶を目的としています。臨済宗の宗祖臨済禅師が「無依の道人(むえのどうにん)」と言われるように、依るべきものをもたず、何ら外的条件に左右されない自立する力を涵養することを旨としています。それは難しいことではありません。一人の人間として自分の目で見、自分の耳で聞いて、自分のハダで感じて、自分の頭で考え、自分の手足で行動する。そのことなのです。
 今回の地震を含め、私たちを取り巻く現代社会はますます混迷の度合いを強めつつあり、今までに体験したことのない多くの問題や課題に至る所で直面します。このような時代であるからこそ、自立する力が必要ではないでしょうか。
 しかもそのことを、単なる頭の中の知識の獲得ではなく、あくまでも身体で覚えてもらうことが必要です。それは「坐禅」を通しての魂のふれあいに基づく一対一の直接的な人格教育の中で身に付くものなのです。
 坐禅はある意味で自分との戦いです。坐禅によって厳しい忍耐力と強い意志力を共に養って、自分に負けない自分を作り上げます。授業の中で坐禅を体験できるのも花園大学ならではであります。学生たちと一緒に坐る機会がありますが、皆それなりに一所懸命坐っています。
 1949(昭和24)年新制大学移行時は、仏教学部仏教学科のみの1学部1学科。
 1964(昭和39)年に仏教福祉学科を開設した。これは仏教精神に基づいた福祉理念を教授することを目的とし、来る高齢化社会に備え関西初の福祉系学科であった。
 1966(昭和41)年、仏教学部を文学部と改め、仏教学科、社会福祉学科、史学科、国文学科の1学部4学科体制となる。
 1992(平成04)年、福祉分野への高まるニーズを背景に社会福祉学科は社会福祉学部として独立し、2学部4学科体制となる。
 2002(平成14)年に社会福祉学部社会福祉学科から、受験生のニーズの高かった心理部門を特化し福祉心理学科を開設。2学部5学科体制となる。
 その後改組をくりかえし、2学部6学科と大学院という体制となって今日を迎えております。新しい学部学科を一から作ったものではなく、全て仏教学部仏教学科を基盤に、その中の特定分野を時代のニーズに即し特化・発展させたものである。このため、全ての学部学科において禅仏教の精神が根底にある。このことはディプロマポリシーにも表れ、全学部全学科に「禅に関する基本的な知識を身に付けた」の条文を記載している。

エンブレムの制定について

虚飾に走らず奢ることなく、あくまでもシンプルにエレガントに─1994(平成6)年開学120周年を記念し、作られた花園大学のエンブレム(校章)は、 禅の精神をシンボリックに表現しました。120年の伝統に対する自信と未来を創造する情熱をデザイン化し、学生の皆さんにも好評を得ています。

シンプル&エレガント
エンブレム
デザイン
上方に伸びる造形は、人間の生命の育成を表現。楕円形は宇宙の広がりを、二つに分かれた三角形は合掌をモチーフに成長過程における秩序を示しています。一見するだけで未来へのエネルギーをイメージさせるデザインです。

色彩
臨済禅を示す「うす紫」をベースに、「青」「緑」「赤」のシンボルカラーが印象的な色彩構成。「青」は希望、発展性、飛翔を意味し、「緑」は生命力と清純 さを、「赤」は太陽の情熱やエネルギーを示しています。高貴なうす紫を背景にした原色が、静かさと優雅さを表現しています。

歴代学長

  学長(校長) 校名 就任年月
1 坂上 宗詮 臨済宗大学 1911(明治44)年 9月
2 釋  宗演 臨済宗大学 1914(大正 3)年 9月
3 梅山 玄秀 臨済宗大学 1917(大正 6)年 4月
4 池上 慧澄 臨済宗大学 1918(大正 7)年 4月
5 松岡 寛慶 臨済宗大学 1919(大正 8)年 2月
6 加藤 至道 臨済宗大学 1921(大正10)年 4月
7 神月 徹宗 臨済宗大学 1923(大正12)年 6月
8 古仲 鳳洲 臨済宗大学 1927(昭和 2)年 9月
9 棲梧 寳嶽 臨済宗大学 1929(昭和 4)年 5月
10 後藤 瑞巌  臨済宗大学 1932(昭和 7)年 4月
臨済学院専門学校 1934(昭和 9)年 4月
11 梶浦 逸外 臨済学院専門学校 1944(昭和19)年 4月
12 奥  大節  臨済学院専門学校 1945(昭和20)年 4月
花園大学 1949(昭和24)年 4月
13 山田 無文 花園大学 1949(昭和24)年11月
14 大森 曹玄 花園大学 1978(昭和53)年 4月
15 立花 大亀 花園大学 1982(昭和57)年 4月
16 盛永 宗興 花園大学 1986(昭和61)年 4月
17 河野 太通 花園大学 1994(平成 6)年 4月
18 西村 惠信 花園大学 2001(平成13)年 4月
19 阿部 浩三 花園大学 2005(平成17)年 4月
20 細川 景一 花園大学 2011(平成23)年 4月
21 丹治 光浩 花園大学 2015(平成27)年 9月

歴史

1872(明治 5)年 京都・妙心寺に「般若林」設置
1874(明治 7)年 東京に 臨済宗各派・黄檗宗連合による連合総黌(そうこう)設置
1879(明治12)年 連合総黌(そうこう)を京都に移転
1883(明治16)年 妙心寺派は連合より分離独立し、妙心寺に大衆寮設置
1886(明治19)年 大衆寮を普通大教校と改称
1894(明治27)年 普通大教校を普通学林と改称し、高等部を京都と岐阜に設置
1898(明治31)年 京都と岐阜の普通学林を合併 京都市右京区花園木辻北町に校舎新築移転
1903(明治36)年 普通学林を花園学林と改称
1907(明治40)年 花園学林を花園学院と改称 高等部設置
1911(明治44)年 花園学院高等部を臨済宗大学と改称
1934(昭和 9)年 臨済宗大学を臨済学院専門学校と改称
1949(昭和24)年 臨済学院専門学校を花園大学に昇格 仏教学部仏教学科設置
1964(昭和39)年 仏教福祉学科設置
1966(昭和41)年 仏教学部を改め文学部(仏教学科・社会福祉学科・史学科・国文学科)を設置
1977(昭和52)年 京都市中京区西ノ京壺ノ内町8-1(現在地)に総合移転
1980(昭和55)年 文学専攻科(仏教学専攻・国文学専攻)設置
1981(昭和56)年 文学専攻科(史学専攻)設置
1986(昭和61)年 国際禅学研究所開設
1992(平成 4)年 社会福祉学部(社会福祉学科)設置
1994(平成 6)年 大学院文学研究科(仏教学専攻・日本史学専攻)修士課程設置
1997(平成 9)年 大学院文学研究科(国文学専攻)修士課程設置
1998(平成10)年 大学院社会福祉学研究科(社会福祉学専攻)修士課程設置
1999(平成11)年 文学部社会福祉学科廃止
2000(平成12)年 大学院文学研究科仏教学専攻博士後期課程設置
歴史博物館設置
社会福祉学部社会福祉学科福祉介護コースが「介護福祉士養成施設」に指定
2002(平成14)年 社会福祉学部(福祉心理学科)設置
文学部仏教学科を国際禅学科に名称変更
2006(平成18)年 心理カウンセリングセンター開設
2007(平成19)年 社会福祉学部福祉心理学科を臨床心理学科に名称変更
2008(平成20)年 文学部(文化遺産学科・創造表現学科)設置
文学部史学科を日本史学科に国文学科を日本文学科に名称変更
2009(平成21)年 社会福祉学部(児童福祉学科)設置
2013(平成25)年 文学部国際禅学科を仏教学科に名称変更
2017(平成29)年 留学生別科設置

 

1949年当時の花園大学
1949年当時の花園大学