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大学案内

ここでは、花園大学関係者が執筆した書籍について紹介いたします。

『真理の探究 仏教と宇宙物理学の対話』

佐々木 閑(仏教学科)、大栗 博司 幻冬舎新書 2016年11月刊
心の働きを微細に観察し、人間の真理を追究した釈迦の仏教。自然法則の発見を通して、宇宙の真理を追究した近代科学。アプローチこそ違うが、この世の真理を求めて両者が到達したのは、「人生の目的はあらかじめ与えられているものではなく、そもそも生きることに意味はない」という結論だった。そのような世界で、人はどうしたら絶望せずに生きられるのか。なぜ物事を正しく見ることが必要なのか。当代一流の仏教学者と物理学者が、古代釈迦の教えから最先端の科学まで縦横無尽に語り尽くす。
 

大いなる叡智が告げる、この世界の真実
* 人には生まれながらにして偏見・先入観が刷り込まれている
* 「マンダラと量子論は似ている」と指摘しても意味がない
* 死後の世界は存在するか
* 生きる意味を自ら見つけることの喜びと困難
* 「正しくなくてもおもしろければいい」の風潮にどう抗するか
* 「深く正しく理解する」ことが真の幸せにつながる
 

【共著者について】
大栗 博司
米国カリフォルニア工科大学理論物理学研究所所長、フレッド・カブリ冠教授。東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構主任研究員と米国アスペン物理学センター所長も務める。一九六二年生まれ。京都大学理学卒業、東京大学理学博士。シカゴ大学助教授、京都大学数理解析研究所助教授、カリフォルニア大学バークレイ校教授などを歴任したのち現職。専門は素粒子論。アメリカ数学会アイゼンバッド賞、フンボルト賞、仁科記念賞、サイモンズ賞、中日文化賞などを受賞。アメリカ芸術科学アカデミー会員。

花園大学 佐々木 閑

『長宗我部元親・盛親 四国一篇に切随へ、恣に威勢を振ふ』

平井上総(日本史学科) ミネルヴァ書房 2016年8月刊
戦国時代、土佐国の国人から四国全域に支配を拡大した戦国大名として知られる長宗我部元親と、関ヶ原の戦いで領地を失い大坂の陣で豊臣方の大将の一人として活躍した長宗我部盛親の、父子の生涯を描いたもの。新発見の古文書や最新の研究に基づいて、戦国時代から江戸時代にかけて大名がどのように生き抜こうとしていたかを詳細に追った。

花園大学 平井上総

『大乗仏教概論』

佐々木閑(仏教学科) 著鈴木大拙 岩波文庫 2016年6月刊
世界的な仏教思想家である鈴木大拙が,若い頃にアメリカで書いた英語のデビュー作を,日本語に翻訳したもの。本邦初訳。大乗仏教の本質を西欧の人々に紹介し,その素晴らしさを高らかに主張した本書は,その後の西欧における仏教理解に大きな影響を与えた。ただしそこには大拙独自の先入観も多く含まれており,それについては訳者後記において佐々木閑が詳細に論じている。

花園大学 佐々木閑

『NHK100分de名著ブックス ブッダ最期のことば』

佐々木閑(仏教学科) NHK出版 2016年6月刊
NHKのEテレ「100分de名著」のテレビテキストに,さらに書き下ろしの一章と「参考図書案内」を加えた新装版ブックス。45年間の布教活動の後,寿命が尽きて亡くなる間際の釈迦の姿を描いた『涅槃経』を分かりやすく読み解く。自分が亡くなった後の仏教の行く末を案じた釈迦は,様々な教えを遺言として残したが,それらは現代社会で悩み苦しむ人々にとっても貴重なアドバイスとなっている。

花園大学 佐々木閑

『山猫先生オランダへゆく』

著/鈴木康子(日本史学科) 幻冬舎 2016年4月刊
本書は、私が1980年代後半にオランダ政府留学生として国立ライデン大学文学部史学科に留学した際に経験したさまざまなエピソード述べながら、オランダのことをわかりやすく紹介したエッセイである。
 オランダといえば日本人の印象としては、風車、チューリップ、チーズくらいのイメージしか湧いてこない国ではないだろうか。それは私が留学した時代から現在に至っても、その印象に変わりはないように思われる。
 そこで、本書は、日本史専攻の私が異文化のオランダという社会の中で、かなり困惑しながら、オランダという社会を見つめ、日本と比較しつつ考えたことや、思いがけない経験をしたことを、オランダの特徴的なテーマをあげて、ユーモアを交えながら紹介している。
 本書を通じて、オランダという国のことが少しでも理解され、興味を持って頂ければありがたいと思っている。また、これから外国へ留学する学生や留学している方にも、ぜひ読んでもらいたいと思っている。さらに、お子さんやお孫さんとも一緒に読んで楽しめるように、イラストも入れて、なるべくわかりやすい文章を心掛けるようにした。そのため、堅苦しい雰囲気はなく、気楽に読んで頂けると思う。
 ぜひ、ご一読され、江戸時代、日本との関係が深く、日本の文化・科学に大きな影響を与えたオランダという国の現在の姿を、私の目を通じて眺め、一緒に考え、感じてもらいたいと思っている。

花園大学 鈴木康子

『絵本版 おはなし日本の歴史 21 昭和の戦争』

奥山研司(教職課程) 絵伊藤展安 岩崎書店 2016年3月刊
このたび、標題に掲げた書籍の執筆を致しましたので、一言ご紹介をさせて頂きます。
この絵本は、岩崎書店から刊行されている「絵本版 おはなし日本の歴史」全24巻の中の一冊として刊行されたものです。主として小学校高学年向けに書かれたものです。 私が担当しましたのは第21巻『昭和の戦争』で、昭和の戦前期~太平洋戦争突入直前までの時期を扱っています。
私が構成と文を担当し、それに合わせてイラストレーターの伊藤展安先生に実に巧みに絵にしていただきました。絵で描かれる世界も鑑賞していただければと思います。 昭和の幕開けから未曾有の大戦争に突入していくまでのこの時期は、大人にとってもある意味大変わかりにくい時代で、どのように描けばこの時代を小学生(高学年)が興味を持って読みかつ理解してくれるのか、たいへん苦労したところです。
歴史をよりよく理解するためには、鳥の目と虫の目の両方の視点が必要だと言われます。正三という一人の人物の少年から青年を経て壮年に至る歩みを虫の目にして、それを織り込みながら昭和戦前期を彩る様々な事件、出来事を時系列に追うことによって鳥の目の視点から歴史を理解させるという方法をとりました。
小学生を対象とした歴史教育の在り方の一つの試みとして読んで頂ければと思います。 正三は大正3年生まれ。昭和の戦争に駆り出され、またその犠牲になったのは主に大正生まれの世代だと言われています。正三をその象徴として描いたつもりです。
正三を通して、昭和の歴史をより身近により具体的に理解して頂けたら幸いです。

花園大学 奥山研司

〈華族爵位〉請願人名辞典

著/松田敬之(日本史学科) 吉川弘文館刊
明治2年に誕生した貴族階級〝華族〟。戦後の廃止に至る約80年間に、士族・平民からの昇格を望み請願をした約900人を収載。『授爵録』や請願文書、政治家らの日記、新聞など公刊・未刊の諸史料を駆使し、彼らの経歴や請願年、請願理由、受理・不受理などの結果を解説する。授爵・陞爵・復爵者一覧や索引を付した、華族制度研究に必備の辞典。(本書帯より)

いのちをつなぐ無料低額診療事業

編著/吉永純(社会福祉学科) クリエイツかもがわ刊
貧困が拡大する中で国民健康保険から排除され、生活保護もいろんな事情で受けれられない医療難民が増えています。無料低額診療事業はそのような方に対し医療費の窓口負担を軽減、免除する大事な制度です。またソーシャルワーカーによる支援付医療制度であることから貧困や生活問題解決のための支援が行われます。

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幼児教育の夢『童画から物語る光の世界』

著/保田恵莉(児童福祉学科) 美術教育研究会刊
わたしと一緒に絵を描き、歩む幼子がいます。時に「園長先生は絵が大好きなのでしょう?」と尋ねたり、「私も絵を描くことが大好き!」と言ったり、「僕はお話が描けるよ」と、得意げに話す子ども達です。その瞳に「光」が輝いて見えます。幼児教育の夢は、子どもからのメッセージでもあります。著書には「招待作品」と「POEM」を掲載しました。
さざ波のような画風の流行に流されないで何年も見つめられる「絵」をせつに描きたいと思います。創造の世界にも「真実である」という視点でわたしは、わたしにしか描けない作品を創りたいと願うのです。幼児教育・美術教育の研究者として光を追い続けていきます。

十牛図 もうひとつの読み方

十牛図 もうひとつの読み方

著・画/西村 惠信 禅文化研究所刊
禅宗の入門書として一般の人々にも広く愛読されてきた『十牛図』。禅の教えや実践が高くその一般社会の人々の関心が高まる現代にこそ、宗教哲学的・専門的な視点ではなく誰もが歩み行く自己の人生に重なり合う「生き方のヒント」にと願い、著者が「自由奔放」とする解釈にて『十牛図』読み解いた一冊。

初めての人権

編/上田 正一・藤井 徳行・古橋エツ子・吉川 智 法律文化社刊
「人権」を理論や判例・学説から論じるのではなく、様々な領域や分野・社会背景において実際に現場で人権侵害の具体的事例に直面している専門家二十名が各項目を取り上げることによって構成されている。現実に目にする人権侵害の報告と問題提起を同時に捉えることのできる、人権問題を学ぶ上での基本的教科書として最適の書。

無相大師の禅・十牛図

著/則竹秀南(同窓会長) 春秋社刊
ほんとうの「自己」を探す旅へ。
無相大師六百五十年御遠諱を記念して、則竹秀南霊雲院住職・同窓会長が「無相大師の禅・十牛図」を執筆された。挿絵はおなじく同窓の長門義明瑞雲寺閑栖が描かれた。
妙心寺開山、無相大師・関山慧禅師の生涯を十牛図になぞらえながらその清貧の生涯と思想を則竹秀南師の人柄あふれるやさしい筆致で語られる。
廓庵和尚十牛図を説きながら、師父玄敬和尚や山田無文老師をはじめ、生涯にわたりお世話になった方々への感謝の気持ちが丁寧に綴られる。
「生きるとは」と問われた時、私は「御恩返しをすることだ」とお答えしています。この気持ちを忘れず、自分の可能な限り、いささかなりとも、努めて行きたいものです。
青年期であった六百年御遠諱よりその生涯を振り返りながら、六百五十年御遠諱を迎えられる喜びもやはり感謝の言葉で記される。
ふり返って、自分ながら、老大師の心と心、相い通じあっていると信じていましたから、少しも学生生活より僧堂生活、そしてその後も、苦しいと思ったことはありませんでした。(本文より)

ほとけの涙 南方慰霊記

著/津森琢道 (同窓会北海道支部長) 文芸社刊
昭和五十年より足掛け五年にわたり太平洋戦争の戦地を巡拝しながら、戦没者の遺骨を収集していった津森琢道師。「戦争とは何か」。現代に生きる我々に南太平洋諸島での慰霊の旅の克明な描写の行間から平和を願う戦没者の声なき声をもって語られる。

BEING WITHOUT SELF Zen for the Modern World

世界のあちこちで仏教に深い関心が集まる中、多くの日本人が仏教を暗くて、つまらないと思っているのは何故だろうか。
私もアメリカで仏教に深い関心を持った一人で、禅を学び修行するために来日し、三十年が経とうとしています。僧侶として禅を教え導くのではなく、二十一世紀のため、世界中で禅に深い関心を持つ人々のため、東西を越え生きた禅を伝えたいと願う気持ちが私のライフワークになりました。ユーモアとハートで、「自己と環境」とは何かを学生と一緒に考えたいと思っています。
BEING WITHOUT SELF Zen for the Modern World(無我:現代世界における禅)は英語とオランダ語で既に出版されています。NASA、バチカンの聖書学研究所、世界最北端にあるトロムソー大学(ノルウェー)、アンデスにある大学(ペルー)等、依頼を受け行った講演がまとめられています。
本学での比較文化の授業、また英語の授業では「青い目で見る禅」をテーマに学生達に本物は何かを問いかけ、ともに勉強していきたいと思っています。

情報歴史学入門

著/後藤 真・田中正流・師 茂樹 金壽堂出版刊
近年、歴史学におけるコンピュータ利用が盛んになってきており、全国の大学でも関連する学部・学科が開設されております。花園大学(京都市中京区)にも二〇〇二年より情報歴史学コースが開設され、教育・研究活動を行っています。
この度、花園大学の教員によって書かれた入門書『情報歴史学入門』(定価千八百円 税別)が金壽堂出版(奈良県葛城市)より出版されました。これは、歴史学におけるコンピュータ利用の方法について、その全貌を紹介した初めての入門書です。
また本書は、日本図書館協会選定図書に選定されました。大学等での教育だけでなく、全国の図書館等でも広く利用されることが評価されました。

仏像の見方 正しく理解する仏像のカタチ

著/澤村 忠保 誠文堂新光社刊
「私たちの、願いや悩み、そしてまた集団生活とはなんでしょうか。つまり人間とはなんなのでしょうか。
本書では、仏像の基礎知識をまとめています。加えて、心のとらえ方、生活のあり方について、私は禅僧でありますので、その精神性については、その立場からコラムで少し一緒に考えていきたいと思います。そして、確かな手ごたえを、あるいは、ふと自分が本当にしたいことや、方向性など、何かに気づき、感じられることがあれば幸甚に存じます」(「はじめに」より抜粋)
仏教とは何か、なぜ仏像は生まれたのかなどの発祥から日本への伝来、日本での広まり。仏像の種類、造り方(一木造、寄木造)などまで、仏像に込められた意味から見方までを幅広く紹介。身近な存在ではあるものの、なかなか全容を理解できない仏像の世界を分かりやすく、かつ、本質から紐解く仏像入門書。さまざまな仏像を美しいビジュアルで見る事ができる永久保存版。

典座(てんぞ)さんの健康料理 禅宗700年 食の知恵

著/山崎 紹耕 小学館新書刊
「飛龍頭」「大根しゃぶしゃぶ」「おからコロッケ」「針しょうがの炊き込みご飯」など、禅寺の料理を司る修行僧、典座(てんぞ)が七百年間、守り発展させてきた食の哲学と日本人の体に合ったヘルシーで美味しい調理法を、家庭でも簡単につくれるレシピとして初公開。

だいじょうぶ 鎌田實×水谷修 往復書簡

著/鎌田 實・水谷 修 日本評論社刊
週刊誌『読売ウイークリー』に連載されていた「好感日記」を書籍化。現代の社会を憂いながらも、微かながらの希望が存在する理由、見出す方法。「だいじょうぶ」の言葉を信じることを説く。

白隠禅師の不思議な世界

著/芳澤 勝弘 ウェッジ選書刊
江戸中期の禅僧、白隠。禅師の書画から読み解く宇宙の法則から、心の救済まで。人を惹きつけてやまない「不思議な世界」の光景、すなわち禅の深奥を科学界の先駆者たちとともに読み解く。

日々是修行―現代人のための仏教一〇〇話

著/佐々木 閑 ちくま書房刊
『朝日新聞』に連載されていたコラムを書籍化。「自分自身を変える」をキーワードに二十一世紀に生きる者にとって、原点回帰であり合理的な釈迦の説く教えの必要性を一〇〇話に紹介。

禅、「あるがまま」に生きる

著/西村 惠信 三笠書房刊
「人は、それぞれ違って、それでいい」と禅を教えを「一文字」の言葉より易しく説きながら、閉塞的なこの社会に生きる我々に「もっと自由な生き方」を説く。

花園大学発達障害セミナー1 「発達障害との出会い こころでふれあうための一歩」

編/橋本 和明 創元社刊
近年、関心が高まり続ける発達障害。本人や家族、そして関係者が家庭や支援の場でどのように寄り添いあって生きていけるのか。「育ちの個性」への眼差しと「つまずきの特性」への理解を説き、発達障害とともに生きる人々へファースト・ステージへの最初の一歩を後押ししていく術がここにある。

生物学者と仏教学者 七つの対論

著/斎藤 成也・佐々木 閑 ウェッジ刊
科学と宗教というある意味で究極の「対」なるものを、物質と精神・意識と無意識・生と死といった論点よりその対なるものの境界線をあるいは融合点を、遺伝子レベルの極小より宇宙の極大までの視野をもって紐解いていく。

『綾辻行人と有栖川有栖のミステリ・ジョッキー(2)』

編・著/綾辻 行人+有栖川 有栖 講談社刊
『メフィスト』誌の連載をまとめた本書は、ミステリーの名著(短編小説)を人気作家同士が深く鋭くライヴ感覚で談義をする。そのライブ感覚がユニークなアンソロジーの第二集。

[収録作品]
都筑道夫「終電車」
ディーノ・ブッツァーティ「なにかが起こった」
H・P・ラヴクラフト「アウトサイダー」
小松左京「新都市建設」
連城三紀彦「親愛なるエス君へ」
別役実「六連続殺人事件」 ほか

花園大学発達障害セミナー2 思春期を生きる発達障害  こころを受け取るための技法

著/橋本和明  監修/花園大学心理カウンセリングセンター 創元社刊
発達障害についての関心が加速度を増し、同時に発達障害児・者に対する質の高い支援を求める動きも活発になっていく昨今、二〇〇八年度より開講された花園大学発達障害セミナーの二〇〇九年度の講演を収録。ゆれ動く「思春期」の子どもの心を、この「生きにくい時代」のなかで、支援する立場にある者がどのように受けとっていくべきかを考える。

碧巌録の読み方

著/西村惠信 大法輪閣刊
自己の悟境を深めるための「公安集」、つまりは「難解なテキスト」としても修行者に用いられることもある『碧巌録』。「真実の自己とは何か」という視点より、抜群の現代語訳と解説をもって「宗門の第一の書」として尊ばれてきた『碧巌録』を説く。

一からはじめる禅

著/星野和子 監修/安永祖堂 ダイヤモンド社刊
「禅」とは格式を追及するものや、研究の対象としてとらえるものではなく、ストレスを感じながら日常に忙殺されながらも「普通に何気なく」生きる人々のなかにあってこその宗教である。「禅とは身体で生きるもの」と禅を説く入門書の決定版。

驀直の路―私の放浪記

著/祥龍寺閑栖 菅 應峰 祥龍寺刊
終戦間近の夏、帯替わりに紐で結んだ袷の着物一枚で放浪をはじめた少年が、その末にたどりついた祥龍寺。この仏縁を機に始まった六〇年余りの托鉢の旅。希望も将来もあの夏の日に見失った少年が、終わらぬ旅の路を歩む「今」に人生という「旅」の妙を説く。 (お問い合わせは祥龍寺まで Tel 〇七八―八八一―六〇九九)

講談社現代新書 笑う禅僧 「公案」と悟り

著/安永祖堂 講談社刊
禅の伝統的な修業の場で用いられる問答の問題「公案」を中心に、禅者のエピソードに近現代の文学者・詩人、哲学者や劇作家、漫画家、さらにはアメリカ映画など様々な視点からその「公案」を現代的に解釈する。 定価 七〇〇円+税

保育実践を支える 保育内容総論

編著/生田貞子、水田聖一 福村出版刊
子どもの発達段階をふまえた「幼児期にふさわしい生活」を基礎に据え、質の高い保育内容と保育実践のあり方を、「総合性」という視点、「総論」的な視点から問う。
定価 二、一〇〇円+税

『中世禅僧の墨蹟と日中交流』をめぐって

著/西尾賢隆 吉川弘文館刊
上の書は、この正月下旬に吉川弘文館から出版されたもので奥付は二月十日になっている。ここ十年間に発表した小論集ということになる。残念ながら枚数制限に引っ掛り、すべての小論を含んではいない。
墨蹟とは、本来、宋元明、日本では鎌倉中期から室町・織豊期の、いわゆる中世の禅僧の書いたものをいう。書名に用いた墨蹟は、敦煌文書やトルファン文書の向うを張って、墨蹟文書という語を使いたいと私かに思ったものの、一般に馴染んではいないので、単に墨蹟とのみにした。というのは、大半の墨蹟は、古文書として歴史の史料となし得るものだからである。
五島美術館には、無準師範の「山門疏」なる墨蹟があり、堂々たる大幅である。「山門疏」というタイトルに引かれて読んでみようと思った。読むと、「山門疏」ではなく、勧進帳であり、無準の住持する五山第一の径山当局から日本の承天寺堂頭円爾らに支援を求め、仏殿・経蔵を再建せんとするものであった。勧進帳を勧縁疏という。疏は四六文で文章が作製されるところを、七言絶句で作られているので、勧縁偈と言わねばならない。文中、「山門疏」とあるのは、山門つまり径山から出された文書ということで、それを誤ってタイトルにしてしまったということになる。東急の五島慶太は、この墨蹟を茶掛にしようと買い入れたものであろう。その結果、そこに何が書かれているか問題にはされず、今日に至ったということになる。お茶の流行は、歴史的な墨蹟がアメリカ等々 海外への流出を防いだ、という面がある。
中国では、趙孟?といった文人士大夫のものは珍重されても、禅僧のものは大事に扱われないところから散帙してしまって残ってはいないであろう。たとえ悉皆調査をしても、発見されないであろうと憶測する。そういう点では、たとえ禅寺から墨蹟が流れ出ても、お茶のお蔭で国内に所蔵されているものが多々あったといい得る。先にみた「無爾可宣」筆墨蹟(『中世の日中交流と禅宗』所収、吉川弘文館、一九九九年)は、現に裏千家に所蔵されていることは、そのことを象徴的に物語っている。この墨蹟は、金文山恵照寺の無示可宣が、わが国の南浦紹明(大応国師)に送った餞行偈である。南浦の兄弟の道号が「無爾」であろうと、無示であろうと、気にするな、といわれると、それまでのこと。裏千家の手に帰するまでにも、何度となく茶掛として用いられたであろうと考える。その茶席でこの無示の墨蹟は幾人もの方々の目に触ている筈だが、それは拝見したに過ぎなかったことになる。
勧縁偈を、「山門疏」としたところの山門疏は、入寺疏の一つであり、他の諸山疏・江湖疏・道旧疏・同門疏といったものがなくても、これだけは最低必要なものであった。入寺に当って、その寺からの拝請の文書が、西序頭首の第三位、書記によって作製されるのが山門疏である。平仄・典拠を踏まえて四六?儷文として作られる。初めは横幅、後には縦幅として書かれたものであり、前堂首座が山門疏を読みあげることになっている。隔対・単対と字を配するだけでなく、内外の古典、それに機縁の語を踏まえる必要があり、この作文力を高めるために五山僧達は、日ごろ勉学にも勤しんでいる。その集大成したものが、五山文学といわれるものである。なお、五山では、今でも山門疏は作られている。福島慶道老師『更幽録』(二〇〇九年)に、「本師忘路老大師管長晋山式山門疏」(一九八二年五月九日)がみえる。
最近、『斯道文庫撮影 建仁寺両足院蔵書マイクロフィルム目録初編』(慶應義塾大学附属研究所斯道文庫、二〇一〇年十二月一日)の恵投をうけた。両足院は総合図書館の役割を建仁寺の中で担っていたことがわかる。そうはいっても、全ての内典・外典の典籍を揃えることは不可能なことである。そこで、最新のエンサイクロペディアの出番となる。それが『古今事分類聚』であり、『翰墨大全』であった。武田信玄の七仏事にあたって、信濃開善寺中興開山の速伝宗販は、奠茶の導師をつとめ、法語は『古今事分類聚』『集註分類東坡詩』『新唐書』『景徳伝灯録』等々を用いて作っている。この開善寺は、もともと大鑑派であった。それを速伝が中興して、妙心寺派とした。
天龍寺の策彦周良は、織田信長より「安土山記」の作文を命ぜられた時、策彦は関山派の南化玄興を代りに推薦していて、そこには、五山派、林下(非五山)といった垣根はなくなっている。
私にとっての自慢は、東隆寺(宇部市厚東)の南嶺子越道行碑を一行を一行として釈文を示せたことである。図書館と禅文化研究所資料室に納めましたので、見て頂けたらと思います。 〔定価一一、〇〇〇円+税〕

花園大学発達障害セミナー3 「関係性からみる発達障害 こころとこころの織りあわせ」

監修/花園大学心理カウンセリングセンター 編/橋本和明 創元社刊
年度を重ねるごとに盛況な開催となっている発達障害セミナーの講演録第三弾。人間関係が希薄なこの現代社会において「違いがあるからこそ結びつく」といった観点より、「こころ」と「こころ」の織りなすさまに見出せる喜びを5名の識者が温かく語り説く。

Zen Classics for the Modern World:Translations of Zen Poems & Prose with Contemporary Commentary

Jeff Shore (Philadelphia: Diane Publishing Company, 2011)
「玄之又玄、衆妙之門」(『老子』)と言われるように、東洋に於いては「玄」の一字は深遠な境地という意味を秘めている。
禅にあっても、「撥草参玄は只見性を図る」(『無門関』)など、その用例は枚挙にいとまが無い。
万物の根源を示し、奥深い真理を表すこの「玄」はまた、赤みを帯びた黒という色も意味する。
おそらくは我々人間が母胎で始めて意識する二つの色、子宮の闇黒と血肉の赤色が混融している状態を示唆するのであろう。
ところで、日本画では黒を描く場合には最初に絹布に赤を塗っておくそうだ。その下地の赤の上に黒を塗り重ねることによって真の黒色が得られるという。これは染色でも同様で、糸や布を黒く染める前には先に赤く染めておくらしい。
赤みを帯びた黒こそが「玄」とされる、その所以が如実にわかる実例ではあるまいか。
さて今般新たに刊行される、ジェフ・ショア教授の『Zen Classics for the Modern World』を拝読すると、まさにこの「玄」の一字を思い出さずにはいられない。
なぜならば、その著述されるところが「玄」と言うだけでなく、その成り立ちも「玄」と呼ばれるべきだからだ。
すなわち、先ず教授の著作には着実な修行を経てきた禅者の境涯という下地がある。
そしてその上に、不断の研究を怠らない学究としての見識が塗り重ねられている。
世に禅の書は多い。しかし、その多くは自己中心的な説教本か、そうでなければ知識偏重の学術書に過ぎない。
それらに比べてこの新著は、教授自身の慧山更幽軒下での三十年の実参実究が踏まえられ、その上に最新の禅文献学の学術的成果を反映させている。
ゆえに私はこの書を「玄」なる一書と呼ぶのである。
本書には、『十牛図』、『博山警語』、『楽道歌』の英訳が収められている。特に後の二書は信頼できる翻訳としては初訳であり、英語圏の禅に興味を抱く読者には大いに裨益するものであろう。
加えて我々は、教授の臨場感あふれるダルマ・トークを味読することができる。
それらは毎年のように欧米各地を巡錫して禅の指導に努めている教授がリトリートで参加者に向けて説いたものであり、まさに教授の慈悲の血滴々でもある。ぜひ広く江湖の読者に一読を勧めたい。
安永祖堂

スウェーデンにおけるケア概念と実践

監修/古橋エツ子(花園大学名誉教授)
著/アニータ・カンガス フィール、オルガ・ウィルヘルムソン  訳 ハンソン友子、日比野茜、楠野透子 ノルディック出版刊
法的に業務が規定されいる「看護、介護」と、医療・福祉現場ではと同等に扱われながら、対人援助サービスのすべてを内包する「看護、介護、世話、治療、注意など」と日本語しての概念的な意味を持つ「ケア」。
その現状を踏まえ、スウェーデンにおける「ケア」を受ける人の立場から見た「ケア」の具体的な事例の中から、「ケア」「看護、介護」の適正な定義や明確な分類を考察していく契機にしていただきたい。

臨床心理学ことはじめ

 編/花園大学社会福祉学部臨床心理学科 ナカニシヤ出版刊
近年、「臨床心理学」を学ぼうとする大学生の増加に伴い、その名を冠す学部・学科も増加の傾向にある。ただ、一方でマスメディアに取り上げられるような偏った知識と、実際の「臨床心理学」とのギャップから修学意欲の喪失や進路変更を余儀なくされる学生が増えていることもまた事実である。
このような現状を背景に、臨床心理学に初めて触れる一般読者、あるいは現役の大学生を対象として「臨床心理学の理解と整理」を、近接領域からの視点も交えながら「わかりやすく、正確に」解説した。

長崎奉行 ─等身大の官僚群像

著/鈴木康子 筑摩書房刊
江戸から遠く離れた九州の最西端に位置し、唯一、海外に開かれていた長崎。この地を統べる長崎奉行は、行政・司法に加え、貿易の支配、キリシタン取締、そして経済官僚的な役割を担った。この要職の実態とはいかなるものであったのか。本書では、江戸期一二五人の奉行の中から特に興味深い人びとを取り上げ、その人物像、業績、評価などを、多くの史料をもとに描き出す。今も昔も変わらない官僚人生の悲喜交々とは―。(筑摩書房紹介文より)

禪寺炎上

著/椛島禅徹 書肆侃侃房刊
「野火焼けども尽きず、春風吹いてまた生ず」。定一禅士がその言葉を発したのち、九州のある大寺が焼失する。平成十六年、了寛は昭和二十年の東京大空襲に焼失する寺を重ねる。
そういったプロローグより導かれる、「禅」の究極の解決「生かされている自分の命」の喜び。
「禅」と「日常」の軋轢。絶えることのない紛争や世俗的な富に支配される「日常」にこそ、美しさを見出すべく、物語は綴られる。

司馬遷の妻

 著/岡田宜記 光陽出版社刊
漢代の中国を題材にした表題作「司馬遷の妻」や「李広」をはじめ、京都の郷土色が豊かに描かれた「乳兄妹」「お水取り」、優しい視点で少年の心象風景を描いた小編「ナ行変格活用」「少年の呪文」など、人と人の心のあるべき距離感を瑞々しい筆致で紡いだ十篇の物語を収録。

※以上は花園大学同窓会・後援会発行の大学通信に掲載したものです。今後、 逐次掲載いたします。