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奈良県平群町上山2号墳 横口式石槨

 奈良県平群町下垣内にあった古墳である。同古墳が立地した廿日山と呼ばれる丘陵が、宅地開発を受けることとなり、1989(平成元)年11月から2年4ヶ月かけて平群町教育委員会によって発掘調査が実施された。本古墳は、平面形が台形状の方墳(南辺幅10メートル、北辺幅7メートル、奥行9メートル)である。東側と北側には堀割がよく残っていた。
埋葬施設は、南に開口する横口式石槨で花崗岩系の石材からなる。床面に厚さ0.2メートルの板石が敷いてあることが特徴的であり、石槨は長さ2メートル、幅1メートル、高さ0.7メートル、羨道は長さ3メートル、幅1メートルに復元できる。
 撹乱のため副葬品などはほとんど残っていなかったが、撹乱土中から出土した須恵器片には石槨の構造から推測できる7世紀中ごろの年代に合致するものがある。平群谷の古墳の変遷、ひいては飛鳥時代の古墳を考える上で貴重な存在である。
 これも伊達宗泰教授と地元平群町教育委員会などの尽力により、1990年4月30日と5月1日に本学構内に移築復元された。(村社仁史「大和における飛鳥時代古墳の一例-上山2号墳の発掘調査から-」『花園史学』第11号、1990年)

 

奈良県平群町上山2号墳 横口式石槨

 

奈良県桜井市高家(たいえ)B-1号墳 横穴式石室

 奈良県桜井市高家にあった古墳時代後期の群集墳(100基の横穴式石室墳からなると推定)のうちの1基で、B地区の1号墳に構築された横穴式石室である。本古墳は1993(平成5)年度、奈良県立橿原考古学研究所が発掘調査を実施した。古墳が造られた場所は、飛鳥の宮都が営まれた地域に近く、それとの関連が推定される貴重な遺跡である。
1号墳は6世紀末に築造された直径約10メートルの円墳で、石室内から多くの土器、大刀などを出土した。石室は左片袖式(左右は奥壁から羨道を向いた場合の表現)、全長7.00メートル。玄室長3.46メートルを測る(奈良県立橿原考古学研究所『奈良県遺跡調査概報』1994年度、1995年)。玄室内には石を敷いた棺台が用意されている。
本古墳の石室は、本学に在籍した伊達宗泰教授が、調査後の1994年5月上旬に構内に移築・復元したものである。

奈良県桜井市高家B-1号墳 横穴式石室

 花園大学文学部文化遺産学科では実物資料を使った文化遺産の授業を多く実施しており、この2古墳も考古学実習などの授業の教材として活用され、同時に遺跡保護の精神の涵養にも役立っている。